紅き獣が欲したモノ

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「でも……違う」  千草は託徒を見ていると、彼だけが別の次元で動いているような錯覚に陥ることがある。  ここは、託徒の居場所ではない。  あの光の当たるステージは彼が立つべき所ではない。  そんな思いが過ぎるのだ。  先程のサッカーも託徒一人だけが、別次元の遊びに興じているように見えた。  前に一度、少女達と会話をしていた託徒の瞳が、紅い色を写し、揺れたような気がした。  彼は、何かが、違う。  背筋を冷たい感覚が駆け抜ける。  なんとなく、ここにいることが嫌になり本を手に立ち上がった。  氷上託徒、彼は-。 「早坂」  すぐ近くから聞こえて 来た、テノール。  千草はゆっくりと振り返った。 「何でしょうか?氷上さん」  戦慄する背筋と早鐘を打つ心臓を誤魔化しながら、なんとか冷静な返事をした。  今日彼とした初めの会話と同じもの。  ……おかしい。  先程まで千草は彼のことを見下ろしていたはずだ。  しかし、今度は身長差がある為、千草が見下ろされていた。  茶色の制服のスラックスに、第三ボタンまで開けられているワイシャツからは銀の螺旋のペンダントが揺れている。  間違いなく託徒だ。  大きく響いていたはずの校庭の声も、遠い。それが余計に千草の心臓を高鳴らせる。 「サッカーはどうしたんですか?」 「2ー3で勝たせて来た」  この短時間で三点も得点を上げてきたらしい。化け物じみている。  その化け物は千草に鬱蒼と微笑んでいる。  男の人なのに長い睫をたたえた細い目。さらさらの黒い髪。  千草でもさえも見惚れてしまうような綺麗な人だ。
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