紅き獣が欲したモノ

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 鎖の擦れる音がした。  あの色は駄目だが、小瓶は気に入っていたような気がする。  それが前から消えてしまうのは寂しく思う。 「早坂」  その場にそぐわない穏やかな声。  千草はその声の主に見上げることで応える。  それが、間違いだった。  唇に固いものが触れ、それは千草の唇を割り、口中へ滑り込む。  途端、薫る。 「……っ!」  手に持っていた本がばさりと落ちる。  驚いてその小さな物を口中から押し出そうとするが、それよりも先に柔らかい感触。  託徒の白く長い指が、千草の唇に触れてた。  その奥には託徒の瞳がある。  微笑みと共に細められた瞳 は、何処までも深い色が揺れ動いている。 「……食えよ」  心臓はもうその機能の限界を越えてしまいそうだ。  口中の小さな異物が千草の感覚を支配する。  甘いような、苦いような味。  芳しい香り。  指がゆっくりと千草の唇をなぞる。 「……ふ…っ」  唐突な動きに対応出来ず、過剰に動いてしまう。  小さなものはゆっくりと溶けていき、消える。  口の中にはしっかりとあの薫りが残った。  託徒の指が離れていく。  鎖と蓋の音で、今食べさせられたのが、あの飴玉なのだと確信する。 「……いい子だ」  先程よりも深い笑みが、託徒の端正な顔を更に飾り 立てる。 「…………」  衝撃から立ち直ることが出来ず、千草はただ呆然とその笑みを見つめるだけだった。  背筋にあった冷たい感覚は消え、代わりに別のものが這い上がる。  しばし、見つめ合う。 「楽しみ、だな」  今まで聞いた中で一番弾んだ声。  その台詞の意味を、声音を、図りかねた。  差し出された右手が握っていた小瓶を千草の右手へと移す。  託徒はそれ以上は何も言わずに、校舎内へと戻って行ってしまった。
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