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「ちねん、だった?裕翔君の恋人の名前」
話題は思いきりゆうとくんへと傾いた。
でもそれで良かった。それが良かった。
今の俺は、過去の俺を今のクラスメイトに話す気なんて少しも無かったから。
「そうそう。知念。知念」
「下の名前も女みてぇだよな」
「顔も女なのにな」
ちねん、か。珍しい名字だな。沖縄とかそっちの人なのだろうか。
「てか雰囲気とか涼介に似てね?ちねんて。可愛いって言うか、放って置けないっていうか…」
「確かに!似てる似てる」
何と無く複雑だった。
ゆうとくんは"おれ"に興味を持ったわけじゃなかったみたいだ。"ちねんに似てるおれ"に興味を持っただけだった。
別にゆうとくんを好きになったわけじゃないけど。なんか傷ついた。別にゆうとくんと付き合いたいと…一瞬でも思わなかったと言ったら嘘になるけど。でも、恋だと断定出来ない。いや絶対に恋じゃない。一目惚れはしないタイプだ。俺が俺を一番よく知っている。
「あ、裕翔君」
一人のクラスメイトが呟いた。
その言葉に横を見ると、教室の後ろの扉からやはり右頬に湿布を貼ったゆうとくんが入って来た。
みんな、ピタリとゆうとくんの話をやめる。でもそれは別に、ゆうとくんに怯えているからとかそういう事ではない気がした。みんなゆうとくんが怖いんじゃない。ゆうとくんのこいびとのちねんの事を話しているのが怖くなったように思えた。きっと黙ったみんなも解っていないだろう。
「裕翔君早いね。もう戻って来たの?」
こっちに(と言うかたまたま隣の席なだけだからこっちとは言えないけど)来たゆうとくんは、相変わらず無表情。
みんなはそれに慣れている。
「………」
でも、ゆうとくんを嫌う人は居ない。居ない。
羨ましい。人に媚びず、素の自分をさらけ出して受け入れてもらえているなんて。理解されているなんて。
俺には無理だ。一生無理な事。
俺は黙ってゆうとくんを見上げた。
「うん。侑李具合悪いから早退するらしい。だから送って行くんだ」
「そっか。じゃあ裕翔君も帰るの?」
「嗚呼。またな」
ゆうとくんはクラスメイト数人と短く言葉を交わすと、鞄を持って教室を出て行ってしまった。
「裕翔君も過保護だよなぁ」
俺はいつまでも、ゆうとくんの出て行った扉を見つめた。
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