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「どこでほっつき歩いてたんだか……、まぁいい、」
そう呟いて、もう一度ため息を放った。
「お前、また」
絵を描いていたな?
そう、尋ねられるのが、一番怖い。
絵を描いていたな。
その言葉が、どれだけ俺にとって重くのしかかっているのか、伝えようもない気持ちの悪さが、辺りに充満する。
「昨日の夜、ペンタブの音を聞いた、」
そんなに、ペンタブを使う音なんて立たない筈なのに、父はいつもそう言う。きっと、俺のパソコンをチェックでもしているのだ。
それは分かっている。
そして、俺が絵を保存している場所のデータ量が増えていれば、絵を描いた、と言うのだ。
多分、そうだ。
「……また、描いていたんだな?」
再度、尋ねられる。
まるで、食卓の空気ではない。凍りついたそれは、みんなの手を止めさせる。箸を動かそうとしていたユーナの手も、今は強張っているだけだ。
「……、」
制服のズボンが、皺だらけになっている。
ポテトチップスを取ろうとした右手は、油まみれになること承知で、固く握りしめていた。視線は、俯いたままだ。
絵を描いちゃいけないのかよ。
そう言いかえしたかった。
でも、言い返せない。
言い返せないのだ。
「そんな物、将来何の役にも立たんと、前からずっと言っているだろう、それがどうしてわからないんだ、」
俺は、何も言わない。
きっと、何を言っても気に触れる。それに、絵が役に立つ、と言ってしまったら、恐らく嘘になってしまう。
俺にとっても、それは嘘になる。
「全く、」
息を詰めて、父は不機嫌そうな表情を零した。心の中にぐちゃぐちゃしたものがあるのは、今に始まったことではない。
気持ちが悪い。
そんな気がした。
「……、ごちそうさま、」
少しだけ低い声でそう言うと、俺は椅子からすぐに立ち上がった。そしてすたすたと、ドアの方に向かっていく。廊下へ通じているドアだ。
暗い。
廊下の奥は、きっともっと暗いだろう。
それでいい。
「お兄ちゃん!」
ユーナが、俺の後ろで声を上げたのを聞いた。けれど、俺は足を止めるつもりも、振り返ろうとする気持ちも、全くない。
ドアを左手で開けて、そして、左手で閉めた。![image=465031203.jpg](https://img.estar.jp/public/user_upload/465031203.jpg?width=800&format=jpg)
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