Ffug

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 その単語を見て、俺はまた、息を吐いた。指が、少しだけ油にまみれている。 『@zyebu うん、描くのを辞めろって、もう何回目かな、』  目を細めながら、エンターキーを押した。パソコンの中は賑やかで、どこか華々しい色を放っている。この中に、本当に入ることが出来たら、きっと本当に幸せなのだろうな。  こう思ったのは、何回目だろう。 『俺、本当に絵を描くのやめた方がいいのかな』  キーボードを叩いて、そして、再びエンターキーへと中指を急がせる。  その時だった。  コンコン……、  軽いノック音が、俺の自室に響き渡る。誰だか分からない限り、俺はドアを開ける気が無かった。 『お兄ちゃん?』  ユーナの声がする。 『入って……、いい?』  逡巡するような口調で、ユーナが呟いた。  キーボードを叩く手が、止まる。 「……あぁ、」  言うが、それ以外何もしない。俺は、再びキーボードを叩き始めた。『駄目だな、俺、』すぐにエンターキーを押して、画面の隅にある『最小化』のボタンを押す。  ガチャリ……、と言う音と共に、ユーナが靴下の状態で入って来た。フローリングと、靴下の擦れる音がする。 「……、これ」  ポテトチップスの袋を持ちながら、俺の方に差し出してきた。  そして、 「……ちゃんと食べないと……、だめだよ、」  笑っていない。  いつも笑っているユーナの顔に、翳りがあった。俺は画面から目を離さずに、ちらっと、ユーナを横目で確かめる。 「……、あぁ、」  それしか言っていない。  ユーナは、ポテトチップスの袋を机の上に置くと、辺りへ目を泳がせる。「……それじゃぁ、」と言って、ドアを閉めた。  ガチャン……、  真っ暗になったそこで、光はパソコンのそれだけになる。キーボードの右半分は油でべとべとで、後で拭いておかないと大変なことになりそうだった。  俺は、小さくため息を吐く。  それから、カヌートのアイコンバーをクリックした。 『@DRAGONSPSL でも、僕はネクの絵好きだなー。絵が描けるのっていいよね』  笑っているジェーブが、目に浮かぶのは気のせいだろう。実際に笑っているのはジェーブのアイコンで、俺はジェーブの顔を知らない。 『@zyebu ありがとう』  キーボードを、叩いた。  声はない。実際音がするのは、カチャカチャカチャ、と言う音だけだ。 「……、」  絵が好き、か……。  心の中で、そう思う。
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