柿葺落

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「落ちぶれた高貴な血…という面では貴方と私は似ているのやも、知れませんねぇ」 菊之丞は遠くを眺める本田の横顔に言った。 「……」 本田は、ただチラリと菊之丞を見ただけだ。 「身分不相応に失礼を申し上げました。お許しを…」 菊之丞は目を伏せて謝罪した。 「ふん。まずは、狐の子だ」 本田は許すという意味で盃を差し出し、酒を催促する。 トクトク… 菊之丞の持つ銚子から本田の盃へ酒が注がれる。 「はて、狐?蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)で御座いますか?」 蘆屋道満大内鑑は葛の葉が登場する歌舞伎の演目である。 単に「葛の葉」とも呼ばれる。 「その娘だ」 本田は菊之丞を見ずに言った。 「妖狐の娘とは…さぞや美しいことでしょう」 サ… 菊之丞は美しい女形から、二枚目役者に姿を変える。 花川戸助六である。 いつの間にか、舞台に立ち、傘を背負いポーズをとる。 「江戸紫の鉢巻に髪は生じめ、そうりや、はけ光の間から覗いてみろ。安房上総が浮絵のように見えるわ。相手が殖えれば龍に水、金龍山の客殿から、目黒のめんぞうまで御存知の、大江戸八百八町にかくれのねえ、杏葉牡丹の紋付きも桜に匂う仲の町。花川戸の助六とも、また、揚巻の助六ともいう若い者、間近く寄って面像おがみ奉れえ」 名台詞を言い放った。 「クク…助六か、お前のライバルは光源氏だぞ。大丈夫か?」 本田は愉快そうに笑う。 助六である菊之丞は舞台に手をつき、強い眼差しで本田を見る。 「お任せください、在五中将殿。これより、第一幕の開幕に御座いまする」 ブワッ! 突然、菊之丞と本田は無数の紅葉を舞い上げ、姿を消した。 「誰かいるのか?照明落とすぞ!」 ここ、平成中村座の係員が二階客席に踏み込むと、紅葉がヒラヒラと目の前に落ちた。 「…紅葉の小道具なんて使ったかな?」 係員は首を捻りながら客席から去る。 バン! 照明が落ちた。
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