4057人が本棚に入れています
本棚に追加
/306ページ
「落ちぶれた高貴な血…という面では貴方と私は似ているのやも、知れませんねぇ」
菊之丞は遠くを眺める本田の横顔に言った。
「……」
本田は、ただチラリと菊之丞を見ただけだ。
「身分不相応に失礼を申し上げました。お許しを…」
菊之丞は目を伏せて謝罪した。
「ふん。まずは、狐の子だ」
本田は許すという意味で盃を差し出し、酒を催促する。
トクトク…
菊之丞の持つ銚子から本田の盃へ酒が注がれる。
「はて、狐?蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)で御座いますか?」
蘆屋道満大内鑑は葛の葉が登場する歌舞伎の演目である。
単に「葛の葉」とも呼ばれる。
「その娘だ」
本田は菊之丞を見ずに言った。
「妖狐の娘とは…さぞや美しいことでしょう」
サ…
菊之丞は美しい女形から、二枚目役者に姿を変える。
花川戸助六である。
いつの間にか、舞台に立ち、傘を背負いポーズをとる。
「江戸紫の鉢巻に髪は生じめ、そうりや、はけ光の間から覗いてみろ。安房上総が浮絵のように見えるわ。相手が殖えれば龍に水、金龍山の客殿から、目黒のめんぞうまで御存知の、大江戸八百八町にかくれのねえ、杏葉牡丹の紋付きも桜に匂う仲の町。花川戸の助六とも、また、揚巻の助六ともいう若い者、間近く寄って面像おがみ奉れえ」
名台詞を言い放った。
「クク…助六か、お前のライバルは光源氏だぞ。大丈夫か?」
本田は愉快そうに笑う。
助六である菊之丞は舞台に手をつき、強い眼差しで本田を見る。
「お任せください、在五中将殿。これより、第一幕の開幕に御座いまする」
ブワッ!
突然、菊之丞と本田は無数の紅葉を舞い上げ、姿を消した。
「誰かいるのか?照明落とすぞ!」
ここ、平成中村座の係員が二階客席に踏み込むと、紅葉がヒラヒラと目の前に落ちた。
「…紅葉の小道具なんて使ったかな?」
係員は首を捻りながら客席から去る。
バン!
照明が落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!