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「シロちゃん…」
ゆき乃は、白狐面の奥の素顔を見ようとするかのようにシロを見つめた。
身の潔白を証明するというよりも、シロの恋心を傷つけたくない思いの方が強い。
「荼枳尼天様、ユキノ二何カシタ?」
シロは拗ねた子どものように尋ねた。
「えっと」
ゆき乃は言葉に詰まる。
何かしたと思えば「した」が、何もしてないと思えば「していない」からだ。
しかし、嘘をつきたくないゆき乃は覚悟を決めた。
「先生は、私に癒す力があると言って、ハグをしたの」
シロにはハグの意味が分からなかったが、触れたという意味の言葉だというのは理解した。
「ウン。ユキノニハ、癒シノ力ガアルト思ウヨ」
シロは足の指をモジモジと動かしながら言った。
「私に……」
「……ジャア荼枳尼天様ノ、ゴ様子見テクルネ。ユキノハ、オ風呂入ッテ?」
「あ……ありがとう。先生のこと宜しくね」
シロが分からないであろう「ハグ」という言葉を使ったゆき乃は、情けない気持ちで浴室に向かった。
豊川の御殿の浴室は、旅館の大浴場のようである。
檜造りの大きな湯舟にゆったりと浸かりながら、ゆき乃は大きくため息をついた。
(今日は本当に色々あったなぁ…)
様々な出来事が起こり過ぎた、長い一日となった。
風呂を上がり、用意されていた白地の浴衣に着替え、座敷に向かう。
廊下の外は日本庭園になっていて、空には半月が出ている。
(あれは異世界の月なのかな…それとも現実の月?…携帯は通じるからここは現実?)
疲れ過ぎたゆき乃の頭は、それ以上、追求することが出来なかった。
「あ…」
座敷の襖を開けたゆき乃は小さく声を上げる。
「待ってろっつたのに、何ゆっくり風呂入ってんだよ」
光流が片膝を立てて座り、ゆき乃を待ち構えていた。
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