第一幕

2/28
4057人が本棚に入れています
本棚に追加
/306ページ
「シロちゃん…」 ゆき乃は、白狐面の奥の素顔を見ようとするかのようにシロを見つめた。 身の潔白を証明するというよりも、シロの恋心を傷つけたくない思いの方が強い。 「荼枳尼天様、ユキノ二何カシタ?」 シロは拗ねた子どものように尋ねた。 「えっと」 ゆき乃は言葉に詰まる。 何かしたと思えば「した」が、何もしてないと思えば「していない」からだ。 しかし、嘘をつきたくないゆき乃は覚悟を決めた。 「先生は、私に癒す力があると言って、ハグをしたの」 シロにはハグの意味が分からなかったが、触れたという意味の言葉だというのは理解した。 「ウン。ユキノニハ、癒シノ力ガアルト思ウヨ」 シロは足の指をモジモジと動かしながら言った。 「私に……」 「……ジャア荼枳尼天様ノ、ゴ様子見テクルネ。ユキノハ、オ風呂入ッテ?」 「あ……ありがとう。先生のこと宜しくね」 シロが分からないであろう「ハグ」という言葉を使ったゆき乃は、情けない気持ちで浴室に向かった。 豊川の御殿の浴室は、旅館の大浴場のようである。 檜造りの大きな湯舟にゆったりと浸かりながら、ゆき乃は大きくため息をついた。 (今日は本当に色々あったなぁ…) 様々な出来事が起こり過ぎた、長い一日となった。 風呂を上がり、用意されていた白地の浴衣に着替え、座敷に向かう。 廊下の外は日本庭園になっていて、空には半月が出ている。 (あれは異世界の月なのかな…それとも現実の月?…携帯は通じるからここは現実?) 疲れ過ぎたゆき乃の頭は、それ以上、追求することが出来なかった。 「あ…」 座敷の襖を開けたゆき乃は小さく声を上げる。 「待ってろっつたのに、何ゆっくり風呂入ってんだよ」 光流が片膝を立てて座り、ゆき乃を待ち構えていた。
/306ページ

最初のコメントを投稿しよう!