その2

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夕方、仕事を終えて『やまと』を出た幸平は、田荷木町の住宅通りを抜けて郊外への道を歩いていた。 田荷木町の住人から郊外と呼ばれているエリアは、都心とを結ぶ高速道路の高架下と鉄道を渡った先にあり、郊外から更に先は京葉川の河口から続く海と切り立った崖になっている。 住所上は田荷木町の一部ではあるが、ほとんどが荒れ地と空き地の郊外へ向かう者は住人ぐらいで、それも数えるほどしかいない。 その為、幸平は前を歩く相手をすぐに視界に入れることができた。 「あ、朝義だ。朝義ーーーっ!!」 遠くから呼ぶと、朝義はぎこちない動作で振り向いた。 というのも、朝義は右肩に米袋を担ぎ、左手には大量に中身の入った袋を数個下げている為だ。 幸平は即座に駆け寄ると、驚いた面持ちで朝義を上から下までざっと見た。 「うわすごい荷物…!どうしたのこれ?」 「……スーパーの安売りに便乗しすぎた。」 心なしか恥ずかしげに答えて、朝義はずれかけていた米袋を担ぎ直す。 豪邸と呼んでも差し支えない家に住んでいる割に、朝義の金銭感覚は倹約家のそれに近かった。細かく話はしなかったがそれは両親と祖母の教えらしく、電気は必要最低限の場所しかつけずそれもこまめに消し、全ての水道付近の壁には『節水』の文字が書かれた古ぼけた紙が張ってあり(これは朝義の祖母が張ったらしい)、朝刊より先にスーパーの折り込みチラシに目を通して、「今日は卵が安いのか…」と呟く姿は所帯じみている。 余談ではあるが、チラシに目を通している姿が主婦のようだと直球で指摘した幸平は、酷く渋い表情を返されたことがある。 自分でも多少は思っていたことを他者から指摘されて、恥ずかしかったのだろうとは、幸平から話を聞いた三郷の見解だ。
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