その1

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「………………」 「おかえり。そしておはよう、東雲朝義。」 相手の姿を見た瞬間、朝義は心底から嫌そうに顔をしかめた。 確かに同居人はいるが、玄関にいたのはその同居人ではなかった。同居人は長身の女性でも金髪でもない。 出迎えたのは、朝からというよりいつでも顔を見たくない相手だった。 「氷堂…」 「早起きだな。まあ、約十一ヶ月に及ぶ調査・観察から、君が自堕落な生活を送っていないことは認知していたが。」 「何をしている…?」 「朝食を作っていた。そうしたら君が帰ってくる気配を察知したので、玄関まで来た。」 玄関前で無表情のままあっさりと言い切った女性、氷堂桜(ひょうどうさくら)は、淡色系のシャツとジーンズの上に、青地に可愛らしい兎のアップリケのついたエプロンを着ていて、右手には菜箸を持っていた。台所付近からは、パンの焼ける匂いがただよってきている。 「何の為に…」 「一日の資本は朝食からと言う。我々は通常の人間とは異なるが、生活のサイクルに大差はないから適用されるだろう。」 「そうじゃない。」 「何だ?」 「何故今更になってそんなことをしてるんだ。だいいち、どうやって入った?」 桜と顔見知りになって一年弱といったところだが、今まで家に押し掛けられたことはなかった。 朝義が走ってきた為でない疲れが肩にのしかかるのを感じながら問うと、桜は菜箸を持ったまま腕組みをしてすらすらと答えた。 「前者の回答は望月幸平(もちづきこうへい)がここで定住を始めたことで君が留守の間に入っても攻撃はされないだろうとこの約半月の観察で予測が立てられた為だ。以前から君が朝食どころか一日に一食しかとらないことを個人的に懸念していた。これを期に三食食事をとることを推奨する。後者の回答は合い鍵を作らせてもらった。」 前者の回答を半分ほど聞き流していた朝義は、後者の回答を聞いた瞬間、方法を疑問に思うよりも先に即座に鍵をつけ変えようと決意した。 恐らくというよりは、確実に徒労に終わるが、何もしないでこの訪問をよしとするのは大分嫌だった。
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