第2章 ゴーディア編

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「あちらの棺は空けるな。ルシファー陛下のご遺体が入っている。棺の中は特殊な魔力によって腐敗から守られてるのだ。こちらの棺も、面会が済んだら必ず蓋を閉じること。遺体を腐らせたくなければな」   そう言い終わると、アザエルはフェルデンをその部屋へ置き去りにし、自分はさっさと何事も無かったかのように出て行ってしまった。   残された金の髪の青年は、アザエルの触れた黒い棺の蓋に手を触れた。   どうしてあのアザエルが、城中をこそこそと嗅ぎ回っている自分を捕らえようとも咎めようともせず、こうして隠し部屋の中にまで招き入れたりしたのか、フェルデンには理解できなかった。   ただ、この棺の中は何があっても確認する必要があった。 そう、どんなに見たくないと思っていても、そうせざるを得なかったのだ。   魔王ルシファーの棺の隣には、一体誰が眠っているのか。 美しい彫刻は、対になっている。 この棺自体が強力な魔力を持っていることは、触れただけでもよく分かった。   ここにユリウスがいたならば、できるなら彼に棺の蓋を開けさせただろう。 いや、彼がいなくて良かったのかもしれない。こんなに臆病な姿を有能な部下の前で晒す訳にはいかない。 フェルデンは、震える手で、棺の蓋をゆっくりと持ち上げた。   少し開いた隙間から、ふわりと甘い香りが漂った。懐かしいチチルの実の匂い。 侍女エメがチチルの実を香油にして瓶詰めし、朱音の髪につけてやっていたのだ。   蓋を持つ手の震えが止まらない。   まさか、間違いであって欲しい、と願うのに、少しずつ露になる中身にちらりと黒い髪が見えた。 「う……嘘だ……」   フェルデンは蓋を無我夢中で取り払った。   棺の中で横たわるのは、夢の中で抱き締めた、華奢な少女その人だった。 「アカネ……」   震える手で、フェルデンは少女の額にかかる髪にそっと触れた。   少女の胸に深ぶかと突き刺さった剣の柄。横たわる朱音の表情は眠っているかのように穏やかである。 「嘘だろ、目を開けてくれ、アカネ……!」
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