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【16話 傷だらけの想い】
朱音は薄暗い城の廊下を滅茶苦茶に走った。
大広間を出てすぐに、片方の靴が脱げてしまい、もう片方も直ぐに邪魔に
って適当に脱ぎ捨ててやった。
ペタリペタリと冷たい大理石の石床を歩くと、すっかり足の指の感覚がなくなっている。
控えていたルイも慌てて朱音の後を追ったのだが、朱音は思いの外足が速く、とっくにその姿を見失ってしまっていた。
城は広く、そして窓の外はいつの間にやらすっかり日は落ちてしまっていた。
(わたしはもう、朱音じゃない……)
朱音は、あれ程見たいと思っていたブラウンの瞳が、疎ましそうに自分を避けていた姿を思い出す度に、こんな身体なんて消えてしまえばいいのに、とわざと壁に身体をぶつけて歩いた。
痛みは感じるのに、胸の痛みにくらべたらちっとも痛くなかった。
寧ろ、今はそれさえも腹立たしくて仕方が無い。
(無くなっちゃえ、こんなわたしなんて、無くなっちゃえ……)
そんな少年王の姿をした朱音は、まるで、飛び立つ度に壁や木にぶつかる方向感覚を失った小鳥のようで、あまりに痛ましいものだった。
もう既に自分がどこを歩いているのか、どこに向かっているのかさえもわからない朱音は、寒さに震えながらも足を動かし続けた。
止まってしまうと、またフェルデンの目が脳裏に蘇ってきてしまう。
ふらふらと力なく歩いていると、さっきまで雲に隠されていた月が顔を出し、月明かりがぼんやりと美しい少年王の姿を神秘的に照らし出した。
広く長い廊下の先に、黒い影が浮かび上がった。
数メートル先に壁にもたれかかるようにして座り込んだ影は、じっと蹲って動かない。
朱音は、ぺたりぺたりとふら付きながらその影に歩み寄って行く。
徐々に月にかかる雲が全て取り払われた途端、美しい横顔が照らし出された。
見慣れた金の髪、高い鼻、きゅっと引き締まった薄い唇。
そのシルエットは、全くこちらに気付いた様子もなく、俯いたままじっと動かない。
長い足は片方は乱雑に伸ばされ、折り曲げて立てたもう一方の膝の上に右の肘を置き、その手に項垂れる頭をもたせ掛けていた。
いつも礼儀をわきまえ、どんなときでもだらしの無い格好を人に見せたことのない騎士の青年は、そんなことさえも忘れてしまう程、酷く落胆し傷ついているように見えた。
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