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「一体どうしたというんです? 貴方がこんなにも正気を失うなんて……」
ユリウスは険しい表情を浮かべて、すっかり消沈してしまった長身の指揮官に投げかけた。
「隠し部屋で……黒い棺を開けて中を見たら……、アカネが……」
震える声でフェルデンは頭をぐしゃぐしゃと掻き毟った。
「ああ……まさか……。なんて事だ……」
ユリウスも愕然とした声で、フェルデンの乱れた姿を見つめた。
「アカネの胸には、深く剣が突き刺さっていた……。まだほんの少し暖かかった……」
「フェル、もういい! それ以上話すな!」
ユリウスが堪らずにフェルデンの肩を揺さ振った。
これ以上友の苦しむ姿を見ていられなかったのだ。
(ああ、そうか……。フェルデンはわたしの抜け殻を見たのか……)
壁にもたれ掛かったまま、朱音は悲しい笑みを零した。
朱音の命の引き換えとなったクロウを殺したいと憎む程、フェルデンが自分のことを想ってくれていたことに、胸が締め付けられる思いがした。
今ここでクロウが朱音だという事実を言ってしまったら、ここにいる優しい青年は、また苦しみに苛まれることになるだろう。
大切に想う朱音を、自らの手で殺めてしまいそうになったことを知ったとしたら、彼はきっと自分自身を一生許せなくなってしまう。
朱音は心の中で、このことだけは何があっても絶対に隠し通さなければいけない、と強く決心した。
「殿下は先に部屋に戻っていてください。おれは、クロウ陛下をアザエルのところへお連れしますから」
ユリウスは、悲しい目でフェルデンを見ると、朱音の腕を自らの肩に回させ、立ち上がる手助けをした。
朱音は小柄な騎士に肩を貸して貰うと、もう一度フェルデンの姿を目に入れることをしなかった。
もう、これ以上この人の傍に居ることは一時だって耐えられそうになかったからだ。
再び月が雲の中に隠れ、二人の影は薄暗闇の中を、ゆっくりとフェルデンに背を向けて歩んでいった。
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