第2章 ゴーディア編

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  ぎゅっと握り締めた拳を震わせて、ルイは訴えかけるように朱音の目を見つめる。   一体過去に何があったのかは知らないが、この少年がアザエルに恩義があり、敬意を抱いていることは明らかだった。   でも、そんなルイには悪いと思いながらも、憎いあの男がそうなることを自業自得だと思い、ざまあみろと思う心を止められなかった。 「あいつなんか、どうとでもなればいいよ。こっちはいなくなって清々する」   ルイの悲しげな目が大きく揺れた。   朱音はルイのその目に罪悪感を抱き、白い鳩に再び視線を戻した。 「閣下はひどく陛下のことを気に掛けておられました。こんな弱輩者の僕を陛下のお傍に仕えさせる時点で、こうなることを予測していたのかもしれません」  灰色の髪はいつもよりひどく乱れている。 身だしなみを整えるのを忘れる程、従者の少年はアザエルに下りた判定に取り乱したのだろう。   アザエルにそのような判定が下りたことから察するに、フェルデンが昨晩のことを咎められずに、そして誰にもその出来事を知られることなく朝を迎えたということも意味していた。 「サンタシの遣いは今日の午前中にアザエル閣下とともに魔城を発つそうです……」   朱音はフェルデンが無事に帰路に着くことができるとこにひどく安堵した。   ルイはもう一度朱音に助けを求めようとはしなかった。 この主がアザエルのことを酷く嫌い、その話題を出すことを嫌がっていることを知っていたのだ。 そして昨晩の事件以来、開きかけていた主の心が再び固く閉ざされてしまったことに、ルイは気付いていた。 「陛下の嫌いな話をして申し訳ありませんでした」   ペコリと頭を下げると、ルイは下がろうとした。 「ねえルイ、アザエル達はいつ発つ?」   シンプルな黒の詰襟の服の主は、魔城の見晴らしのよい窓を開け放し、切なげにじっと入り口を見下ろしていた。   魔城から出てきた旅装束の三人の男。 一人は長身、もう一人は小柄。 そしてもう一人は、深く被ったフードから僅かに碧い髪が見える。
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