第2章 ゴーディア編

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(昨日、あのまま死んでいればよかったのに……) と、朱音は生き延びてしまった自分の運命を呪った。   もう、あの優しい笑顔を、優しいブラウンの瞳を見つめることも、大きく男らしい手で髪を撫でられることも二度と叶わないだろう。 今朱音に向けられるのは冷たく恐ろしい程の憎悪のみ。 彼に愛された朱音はもうどこにもいない。   城の中から従者達が箱のようなものを運び出し、それを荷馬車の荷台に括り付けている。 ぼんやりとその光景を眺めていると、ふと見上げたアザエルの視線が朱音のものとかち合った。 「!!」   碧い瞳はじっと朱音を見つめている。 なぜかその目に釘付けになり、朱音は目を逸らせずにいた。 (なに……? 王の次に偉い筈のあなたが、なんで素直について行くの? もしかして、途中でフェルデンやユリウスさんを殺して逃げるつもりなんじゃ……)   突然冷やりとした感覚を覚え、朱音は駆け出した。 (あいつを、フェルデン達と一緒に行かせちゃ駄目……!!)   出発までもう時間がない。 朱音は縺れる足で何度も転びそうになりながら、城の入り口までこぎつけた。 箱を積んだ荷馬車が、今にも歩み出そうとしていた。   フェルデンが、息を切らして城から飛び出してきた美しい少年王に気がつき、目を丸くした。 詰襟の下に隠されてはいるが、その隙間からは紅く変色した痣がちらりと見える。 昨晩我を失ったフェルデンが犯した罪の跡は、はっきりと少年王の首に印を残していたのだ。 「陛下、罪人の見送りにでも来てくれたのですか?」   深く被ったフードの下から、アザエルが微笑を浮かべて言った。 「本当はあんたの顔なんて見たくもないよ。でも、あんた、今度は一体何を企んでるの?」   額に薄く汗を滲ませながら、朱音はつかつかと魔王の側近に近付いていった。 フェルデンとユリウスは不可解そうに二人の様子を見ている。  
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