第2章 ゴーディア編

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【18話 不穏な画策】 ヘロルドは嫌な男だった。   年齢不詳のこの男は、ひどく姿勢が悪くひょろひょろとした身体でいつも前屈みに歩いている。 こけた頬骨に落ち窪んだ黒っぽいぎょろりとした目。 魔女のように尖った鼻にやたらと大きい口が浮かべる下卑た笑みを見る度に朱音はぞっとした。 「クロウ陛下、お話が」   アザエルの後釜にこの男が収まったことに朱音は疑念を抱かずにはいられなかった。 「なに?」   朱音はヘロルドと極力目を合わせないようにしながら言った。   この男は、隙あらば自分が王と成代わろうとしている魂胆が見え見えだった。   魔王ルシファーの死去が公にされたのは、アザエルが発ったあの日のことである。 恐らく、長年の間国王の座を狙っていたヘロルドだったが、入れ替わるようにしてこの地へ舞い戻ってきた王の息子にその座を掠め取られ、さぞ悔しがったに違いない。 そんなヘロルドがこの美しい少年王を良く思っていないことはルイも勘付いていたし、彼にまだ魔力が戻っていないことを絶対に悟られる訳にはいかない。 「陛下、よくお聞き下さい。あまり大きな声では言えないのですが、元老院の年寄どもが、どうも裏で画策しているようです」   痩せた男は、黄色い歯をちらつかせながら、朱音の傍へ近付いた。 「あまり陛下に近寄らないでください。陛下は人に触れられるのが好きではないのです」   いつもはおっとりとしたルイが珍しく強い口調で釘を刺した。 「ああ、これは失礼を……。しかし、これは本当なのです。偶然にも、わたしは父マルティンの話を聞いてしまったのです」   朱音は、なぜこのような男がアザエルの後釜におさまったのか、不思議でならなかった。 ヘロルドの父マルティンは元老院の一人で、その息子だということから優遇されたのかもしれないし、何より、ヘロルドは風を操る魔術に長けているらしく、その点から抜擢されたのかもしれない。 しかし、今やその権限はアザエルがいた頃よりも劣り、元老院の下に位置するものと化していた。無論、朱音の信頼を得ていない時点で、“新王陛下の側近”という立場は既に無いに等しい。  
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