第2章 ゴーディア編

82/92
前へ
/542ページ
次へ
「なんですって!? 陛下の魔力をお疑いですか!?」   ルイは憤慨した。 「そういう訳では……」   顔色を伺うかのように、姿勢をますます屈めて、痩せた男は数回瞬きした。 「では、どういう意味です?」   ルイの強い口調に、ヘロルドは再び下品な笑いを浮かべた。 「物分かりの悪い元老院の年寄りどもに、クロウ陛下の強大な魔力を見せ付けてやるというのはどうです? さすれば、怖れ慄き、陛下の偉大さを改めて認識するでしょう」   ヘロルドの狙いはまさにここであった。 魔力の存在を感じられない少年王に、疑惑を感じ始めていたのだ。 「それはできません」   返答に困る朱音の横から、ルイがはっきりと言い放った。 「陛下は来たるべきときに備え、今は魔力を最小限に抑え、温存しておられるのです。それに、こんな内輪で揉めるなど、もっての他です!」   この従者の少年は、見た目は愛らしい少年のようだったが、アザエルが朱音の隣につけただけのことはある。 なかなかの器であった。 「ほお……。ただの従者の割にえらく大きな口を叩くではないか! しかし、少し位の魔力なら問題はないでしょう。ここでこの国の最高権力者が誰なのかをはっきりさせておかねば、苦しくなるのは陛下です」   よくもまあ思ってもいないことをこうも次々と詰まらずに言えたものだ、とルイは感心せざるを得なかった。 「あなたにそのようなことを言われる筋合いはありません。それに、アザエルがいない今、わたしの側近はこのルイです。いくらあなたであっても、わたしの側近にそんな口をきくなんてゆるさないから」   朱音は強い口調の嫌な男を睨んだ。   ヘロルドはプライドをいたく傷つけられ、尖った鼻に皺を寄せ、大きな口をへの字に曲げた。 「もう部屋を出ていってくれない? 見てわからないの? わたし、忙しいんです」   朱音は痩せた男も見もしないで、書類の束に羽ペンを走らせ始めた。 ヘロルドはきっと黒髪の主を鋭く睨みつけると、執務室から退室していった。
/542ページ

最初のコメントを投稿しよう!

468人が本棚に入れています
本棚に追加