第2章 ゴーディア編

84/92
前へ
/542ページ
次へ
  驚いた顔で従者の少年はこくりと頷いた。 「ぼくは一度だってクロウ陛下を疑ったことなんてありません。陛下がおっしゃるなら、なんでも信じます」   朗らかな笑みに安心し、朱音は一つ息を吐き出すと静かに話し始めた。 「あのね、前にも少し話したことがあったけれど、わたしはクロウじゃなくて朱音という人間なの……」   ルイには話していなかった、自分がもともとはアースにいたただの人間の少女だったという事実。   ある日突然アザエルの手によって攫われ、鏡の洞窟の力を利用してできた時空の扉からレイシアに連れて来られたということ。 連れ去られたその晩、セレネの森でサンタシの騎士団に保護され、一ヵ月程そこで匿われていたこと。 一度は元の世界に戻ったにも関わらず、再びアザエルに引き戻されたこと。 そして朱音とクロウの切り離せない魂の関係性。   何もかもを包み隠さずに話した。   ルイの表情は思いの外落ち着いていて、朱音は少年がどんな反応を返してくるのかを不安に思いながら、じっと可愛らしい灰の瞳を見つめた。 「大変な目に遭われたのですね……。僕はそうとも知らず、クロウ陛下の傍にお仕えすることができることに舞い上がっていて……。馬鹿な従者です」 しょんぼりと項垂れるルイの頭を、朱音はいつか白亜の城でフェルデンがしてくれたように優しく撫でた。 「でも、陛下の魂が誰であろうと、陛下は陛下です。僕はこの先もずっと陛下の傍にいます」   照れたように、ルイは恥ずかしそうに微笑んだ。 「ありがとう……」   朱音はこの愛らしい少年に全てを打ち明け、随分心が軽くなったような気がした。 「陛下がなぜアザエル閣下をああまで憎んでいるのかがやっとわかりました。でも……、閣下は本当はとてもいい方なんです。氷の男だと呼ばれることもありますが、誰よりも亡き魔王ルシファー陛下に忠義を尽くし、ゴーディアの民を愛しておられます。きっと、ルシファー陛下の最期のお望みを叶える為、この国の安泰を維持し続ける為に躍起になっておられたのでしょう……」   お世辞にもあの男がいい人だとは思えそうにはないが、この国の危うい現状を知った今、アザエルが捨て身で起こした数々のことを理解できないこともなかった。
/542ページ

最初のコメントを投稿しよう!

468人が本棚に入れています
本棚に追加