第3章 旅編

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【20話 追いつ追われつ】  ゴーディアの夜風は冷たく、朱音とルイは唇を真っ青にしてがたがたと震えていた。 「やはり寒かったですか、どこかで暖をとらねばなりませんね」   クリストフはいつもと何ら変わらぬ様子で言った。 「クリストフさんは寒くないの?」   朱音とルイは痩せた美容師がさして暖かい格好をしているわけでもないこともあり、なぜこうも平然としていられるのか不思議でならなかった。 ましてや、細身の彼は、体脂肪がある訳でもないというのに。 「わたしは風に乗ることには慣れっこなんですよ。少しくらいの寒さなら平気です。しかしそれよりも、人を乗せた風を操るというのはなかなか集中力が要るんですよ。安全に飛行する為には長距離の飛行は不向きでしょうね」   朱音はどうしてこんな山の中間部で舞い降りたのかとクリストフに訊ねようとしていたところだったが、それはやめておくことにした。   おそらくは、ここがきっとクリストフの飛行距離の限界点だったのだろう。   それに、これ以上冷たい風に晒されたとしたら、朱音とルイはきっと低体温症に陥ってしまっていたに違いない。   ここには明かりの代わりになるものは何も見当たらず、今晩は二つの月も雲に隠されていて、それさえも当てにはならない。 「寒い……」   朱音は凍えながら、がちがちになった身体を両の手で摩った。 体の芯から冷え、なんでもいいから温かいものにありつきたい衝動に駆られた。 「こんな山中に舞い降りてしまい、申し訳ありません。しかし、万が一追っ手につけられてしまったときのことを考え、とりあえず王都からは脱出することが先決でしたので……」   魔城から王都マルサスの上空を飛び、三人は王都を囲むようにしてそびえ立つ、キケロ山脈の山中にいた。   山と言っても、朱音が見慣れている木々が生い茂るようなものではなく、ところどころ岩肌が露出した、短い草原の広がる山であった。 山の頂上付近には雪が降り積もるような山並みである。 山道は塗装などされている筈もなく、明かりもない今の状況で突き進むには無理があった。
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