第3章 旅編

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  それに、山頂まではまだ暫く距離があるように思われるし、そして何より夜があまりに更けすぎていたのである。 「仕方がありません、ここから少し外れた所に、人知れぬ小さな山村があります。そこにわたしの知り合いの家がありますので、今晩はそこで泊めてもらいましょう」   クリストフは落ち着いた口調のまま、短い草を掻き分け山道を外れていく。   朱音とルイは顔を見合わせ、慌ててその後を追った。 「大丈夫、あそこは村民以外の者には知られていません。さあ、こっちです。ついて来てください」      その頃、魔城では、アザエルの後任ヘロルドが地団太を踏んで悔しがっていた。 「くそう、あのくそ餓鬼どもめ、よくもわたしを出し抜いたな……!」   ヘロルドは昼間の件でひどく腹を立て、唯一の忠臣であるボリスにクロウの寝首をかくように命じていたのだ。   ボリスが深夜、新国王の私室に忍び込もうと部屋向かったところ、扉の前に控える近衛兵がいることに気付き、どう対処しようかと慮っていたちょうどその時、 王の私室の扉が、勢いよく風とともに開け放たれたのである。    強風が新国王の部屋中に吹き込んでいた。 物という物が吹き飛び、扉の前に控えていた近衛兵も一瞬にして廊下の向かいの壁に叩き付けられた。 慌てたヘロルドの忠臣は、咄嗟に廊下の角へと身を潜め、しばらく様子を見守っていたのである。   ボリスは、吊り上った目を見開いて、トカゲそっくりな顔を興奮の色で上気させた。 「物凄い強風でしたよ、ヘロルド閣下! その後、立ち上がった近衛兵が慌てて国王の私室に入っていきましたが、もう中は蛻の殻でした」   ちっと舌打ちすると、ヘロルドは忠臣の腹に膝で一撃を入れた。 「この役立たずが!」    ボリスが冷たい床上で呻いて腹を抱えこんだ。 驚いて主人を見上げている。 「わたしは何とお前に命令した? クロウを殺せと言ったのだ! それが見ろ、お前は殺すどころか近付くことすらできておらんではないか! なぜすぐに後を追わなかった!」
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