第3章 旅編

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「フェルデン・フォン・ヴォルティーユですか…」   ただの美容師であるこの男が、なぜサンタシの遣いの正体まで知っているのか、と朱音とルイは驚きの顔でクリストフを見つめ返す。 「サンタシとゴーディアは敵国同士ですよね。十年前にサンタシの玉座にヴィクトル王がついてから、やっと得た停戦状態ですが、その関係もいつ崩れるかもわからない……。そんな敵国の王族騎士を、なぜ貴方は見守りたいと?」 ルイは魔城で朱音が打ち明けてくれた事実から、なんとなくその理由に気付いていた。   即位パーティーであの男、フェルデンに会ったときのクロウの様子は尋常では無かった。 それに、その夜の悲劇もきっとあの男が関係していることは薄々感じていた。少年王の魂、即ち元の少女の魂が、サンタシの騎士に抱く特別な感情を。 「えと、つまりですね、ちょっと事情があって詳しくはお話できないんですけど、以前に、彼にはすごくお世話になって……。その恩返しと言うのか、何というか……」   誤魔化し笑いをする朱音に、ルイは自分が気付いてしまったことを悟られまいと、ふっとよそよそしく目線を逸らし、カップに口をつけた。 「彼らに危険が迫っているんです。ゴーディアの元老院達が、アザエルから情報が漏洩することを怖れて腕利きの刺客を放ったんです」   クリストフの目がじっと目を細めた。 「なるほど……、アザエル閣下が自ら身柄をサンタシに委ねたという話は本当だったのですね」   この男は、本当にどこまでも知り得ない情報をどうやってか掴んでいるらしく、謎は深まるばかりである。 「では、話は簡単ではないですか。アザエル閣下程の魔力を持った方が近くにおられるのでしたら、直接刺客に狙われていることを知らせてやればいいではないですか?」   朱音はとんでもない、というようにぶんぶんと首を大きく横に振った。 「なぜです?」   クリストフもルイも興味深げに真っ青になった朱音の顔色を見た。 「だ、駄目だよ! だいたい、アザエルは今魔術を封じられているし、フェルデンに直接会うなんてできない!」   あの優しい目にもう一度憎しみの色を浮かべられたら、もう朱音はきっと耐えることはできないだろう。
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