第3章 旅編

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  ユリウスはこんなになるまでフェルデンの異変に気付くことができなかった自分の不甲斐無さを浅ましく感じた。 「これだけの高熱だ、おそらく痛みは麻痺しているだろうが、念の為だ、彼が動かないようにしっかりと押さえていてくれ」   フレゴリーがメスを構えた。   ユリウスは痛ましい光景に目を背けそうになりながらも、無言で街医者の指示に従った。   全体重をかけてフェルデンの身体、主に腕に圧し掛かる。曝け出された上半身の尋常ではない熱さがローブごしに伝わってくる。   フレゴリーがそれを確認すると、ゆっくりとメスをフェルデンの傷口に宛がった。 「うあああああああああ!」   フェルデンが耳を覆いたくなるような呻き声をあげた。   フレゴリーの言うように痛みは麻痺などしておらず、フェルデンは痛みから逃れようともがいた。 ユリウスは暴れる腕と足を必死で押さえ込む。 精神力の強いフェルデンがこれほどまで苦しむ姿を見ると、傷の痛みは相当なものと予想される。   傷口からはどす黒い血液が夥しく流れ出している。   フレゴリーは蒸留水で何度も何度もその血を洗い流した。 「す……まない……、アカ……ネ……」   フェルデンは虚ろな目で天井をじっと見つめたまま、うわ言のようにそう繰り返していた。 「さて、悪い血は抜いた。縫合するぞ」   フレゴリーの手は不気味に真っ赤に染まっている。 使用を終えたメスはトレーの中に沈み、カランと音を立てた。 途端、トレーに張られたアルコール水がピンク色に変色する。   フレゴリーが開いた傷を縫い始めても、フェルデンは数回「うっ」と呻いただけで再び暴れることはしなかった。 それでもユリウスは、友の痛みが少しでも紛れるようにとずっとその手足を握り締めてやっていた。 「さあ、ご苦労さん。傷の手当はとりあえず終わった。後は彼の回復力にかけるしかない……」   フレゴリーは水桶で手に付着した血を洗い流すと、緑色の液体を綿に浸し、ピンセットで丁寧に傷口につけていく。 「これは自家製の傷薬だ。傷の治りが早くなる」   ユリウスはこくりと頷いた。  
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