468人が本棚に入れています
本棚に追加
「先程までの御無礼をお許しください。これはあなたのお父上、魔王陛下最期のご命令にございます。どうぞご理解頂きたい」
暗闇の中でよく分からなかったが、男の服装は普段朱音が目にしているようなものではない。
それに、アザエルの言っていることといえば、正気とは到底思えなかった。
(とにかく、家へ帰らないと……)
一見すると女性のようにも見えなくもないこの美しい男だが、先程抱えられていたときの力強さを思うと、そう簡単には帰してもらえそうにはない。
もぞもぞと朱音は足先を落ち着きなく動かしてみせた。
「どうかなさいましたか?」
異変に気付いたアザエルが朱音に視線をやる。
「えっと……。トイレに……」
アザエルがこくりと頷くと、ちらと洞窟の外を見やった。
洞窟の外は木々や草が茂っているらしく、どうやらそこで用を足せということだろう。
もじつきながら、朱音は洞窟から足を踏み出した。
先程と変わらない筈の山。
でもなんだか妙な感じがする。
梟や虫の鳴き声がしない。
ふと天を見上げると、朱音は驚きで目を丸くした。
月が二つ。
西の空に大きな三日月が一つと、東の空に小さな満月が一つ……。
最初のコメントを投稿しよう!