第1章 サンタシ編

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「先程までの御無礼をお許しください。これはあなたのお父上、魔王陛下最期のご命令にございます。どうぞご理解頂きたい」   暗闇の中でよく分からなかったが、男の服装は普段朱音が目にしているようなものではない。 それに、アザエルの言っていることといえば、正気とは到底思えなかった。 (とにかく、家へ帰らないと……)   一見すると女性のようにも見えなくもないこの美しい男だが、先程抱えられていたときの力強さを思うと、そう簡単には帰してもらえそうにはない。   もぞもぞと朱音は足先を落ち着きなく動かしてみせた。 「どうかなさいましたか?」   異変に気付いたアザエルが朱音に視線をやる。 「えっと……。トイレに……」   アザエルがこくりと頷くと、ちらと洞窟の外を見やった。 洞窟の外は木々や草が茂っているらしく、どうやらそこで用を足せということだろう。   もじつきながら、朱音は洞窟から足を踏み出した。   先程と変わらない筈の山。 でもなんだか妙な感じがする。 梟や虫の鳴き声がしない。   ふと天を見上げると、朱音は驚きで目を丸くした。   月が二つ。   西の空に大きな三日月が一つと、東の空に小さな満月が一つ……。
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