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「そっか、残念。こんな美人が一人な訳ねえもんな! ま、なんか落ち込んでるみたいだけど、元気出せよ! 長い人生のうちに悪いことばっかじゃねえよ」
握り返すことをしてくれなかった朱音に対して別段気分を害した様子も無く、青年は案外すんなりと席を立った。
「そうですね、ありがとう」
苦笑いを浮かべるとエフは親指を立ててニカッと再び笑って店を出て行った。
「また会おうぜ! アカネ!」
と、去り際にこう言い残して。
「お待たせしました、遅くなってしまって」
水を持って帰ってきたルイが朱音にグラスを手渡しながら首を傾げる。
「えと、陛……じゃなかった、アカネ様、どうかなさいました?」
呆気にとられたように店の入り口を見つめる朱音を不思議そうな顔でルイが問い掛ける。
「ううん、なんでもないよ」
受け取った水を手にしたまま、朱音はぷっと突然吹き出してくすくすと笑い始めた。
「そうだよ、彼の言う通り、きっと長い人生の中で悪いことばっかりじゃない」
ルイはいまいち状況が理解できないではいたが、なんだか可笑しそうに笑う朱音の姿を見ていると、この旅も決して悪いものではないような気がしてきた。
「そうですね! 僕もそう思います。アザエル閣下のことも気に掛かりますし、それに、サンタシにいるロランのことも気に掛かります。もう少しこのまま旅を続けてみましょうか」
朱音は嬉しそうに微笑むと、ぎゅっとルイの肩を抱き寄せた。
「ルイ……!」
ルイは頬を紅く染めながら、照れくさそうに頭をぽりぽりと掻いた。
「きっとまたすぐに会えるぜ……。アカネ……!」
店の表でくるりと一度店を振り返り、エフは小さくそう呟いた。
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