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蝋燭の火を頼りに、フェルデンは木箱にそっと手を触れた。
「こんな薄暗いところに居させてすまない……」
木箱にはぐるぐると頑丈に縄が巻きつけられていて、簡単には解けそうにない。
その中身は、あの美しく彫刻された黒い棺であった。
そしてその中には、未だ温かみの残る少女が眠っている。
フェルデンは暫く木箱の淵を指で触れた後、その一室から出た。
部屋の外は船の甲板で、小波の音が聞こえる。天気も良く、今晩は二つの月も大きくくっきりと群青の空に浮かび上がっていた。
「それほどまでに愛しいか」
フェルデンは溜息を漏らした。
マストの脇で背をもたせて座るその人物が、ユリウスであることをこんなにも切に願ったことはない。
「なんのことだ」
蝋燭を吹き消すと、フェルデンは諦めて男に視線をやった。
「またあの人間の小娘の屍に会いに行っていたのだろう」
風に棚引く碧い髪は隠し隔てもなく、月明かりの下で異様な輝きを放っていた。
フェルデンは自分が意識を無くした後、この男とユリウスの間に何かがあったことに勘付いていた。
以前は縄で拘束されていたアザエルの手首は、今は縄が外されており、腰元には剣の鞘が収まっている。
ユリウスは警戒しているのか、この男とは一定の距離を置き、フェルデンでさえこの男に接触することをさせないように神経を尖らせているようであった。
その癖アザエルは当然のことのようにフェルデンとユリウスの帰路に同行し、ついて来ている。
理由を尋ねてもユリウスは珍しく口を割らないし、フェルデン自身考えあぐねていたのだ。
「お前には関係無い」
フェルデンはきっと男を睨みつけると、言葉を撥ね付けた。
「まあ、そうだな。ヴォルティーユの坊やがどこぞの屍に執着していようが、わたしには全く関係の無いこと」
フェルデンは腸が煮えくり返るような思いがした。
手元に確かにあった可憐な少女の温もりや、確かに存在した幸せな一時は、ここにいる碧髪碧眼の男アザエルの手により掠め取られ、永遠に失われてしまったのだった。
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