第3章 旅編

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  フェルデンは剣を鞘から抜き去りながら、つかつかと男の元に歩み寄り、その首に切っ先を宛がった。  そんな状況にも関わらず、変わらぬ無表情のまま、アザエルはじっと動かず帯刀した剣を抜く気配は微塵も感じられない。 「アザエル、おれが気を失っている間に一体何があった。貴様、ユリウスに何かしたのか!?」   その返答によれば、フェルデンは剣の切っ先をアザエルの首深く突き刺してしまいそうだった。 「おや、サンタシの王子はお気楽なものだな。まだ気付いていなかったのか」 「なんだと!?」   気のせいか、月明かりで照らされたアザエルの表情にはほんの僅かに疲労の色が見えた。 「このところ毎夜魔城からの刺客が訪れている。言っておくが、これはクロウ陛下のご命令ではない、元老院どもの差し金だ」   驚きでフェルデンは思わず剣を床に置き、アザエルの肩に掴みかかった。 「どういうことだ!?」   アザエルは疎ましいものでも見るかのように、フェルデンの手を払いのけようとした。 「わたしの存在がサンタシ側に渡ることを恐れてのことだろう。安心しろ、わたしから離れていればお前達に危害が及ぶことはない」   フェルデンは脱力した。   ユリウスがアザエルから距離を置き始めたのはいざこざに巻き込まれまいとした理由からだと悟ったのだ。   しかしアザエルはもう一つの事実を話そうとはしなかった。   クロウ王が城を抜け出し、フェルデンを追ってきたことを。 そして、それを阻止する為にアザエルがユリウスを手に掛けようとしたことを。   明かしてしまえば、それでなくとも不安定なフェルデンの心を掻き乱し、たちまちこの青年の冷静さを断ち切ってしまうだろうことは安易に予想できた。   フェルデンは朱音を奪ったアザエルをひどく憎んでいた。 しかし、それと同じく朱音の命と引き換えに覚醒したクロウをも憎んでいた。   まだ記憶と力の戻らないクロウ王は強がってはいても、自らを守る術を知らない。 ましてや、今のクロウ王は朱音の記憶のみで動いている。   フェルデンが自らを殺そうとするならば、クロウ王は喜んで慕う者の為にその命を差し出すだろう。
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