468人が本棚に入れています
本棚に追加
ユリウスとアザエルはあの夜以来一度も言葉を交わしてはいないが、ユリウスも恐らくは同じことを案じ、敢えてフェルデンにその事実を伏せているようであった。
「船の上は陸地と違い逃げ場はない。念の為忠告しておくが、ここでは安心して眠ろうなどと考えない方がいい」
掴んでいたアザエルの肩から手を離し立ち上がると、フェルデンはじっと目を細めて碧髪の男を見下ろした。
このところ碌に睡眠をとっていないのだろう、アザエルの眼の下はうっすらと黒ずんでいた。
「いっそのこと、今ここで私を殺してしまうというのはどうだ? そうすれば厄介事を片付けることもできる」
皮肉を込めた笑みを口元に浮かべ、アザエルは麗しい長い髪を掻き揚げた。
「罪人を手にかけて自分の手を汚したくは無い。それに、俺はヴィクトル陛下を裏切るような真似はしない。そう思うならば自分で自分の首を掻っ切ったらどうだ?」
踵を返すと、フェルデンは剣を鞘に納めその場を後にした。
「……はっ……、このわたしが自ら殺られてやると申し出ているというのに。もうこんな好機は二度と巡っては来ぬかもしれんぞ。後悔するな、フェルデン・フォン・ヴォルティーユ」
最初のコメントを投稿しよう!