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今尚シーソーのように揺れる床面の上で、朱音はじっと暗闇の中で目を凝らした。
朱音は驚きで息を吸うのも忘れてしまった。
仰向けに倒れた自分の身体の上に、フェルデンが覆いかぶさるようにして手をついていたのだ。
暗闇の中でも、フェルデンの金の髪は見えた。短かった髪が少し伸びたようだ。
「っつ……、大丈夫か……?」
朱音を庇った際にどこか怪我をしたのかもしれない。
フェルデンは少し呻いた後、静かに呟いた。
今にも彼の心臓の音が聞こえてきそうな距離に、朱音はぎゅっと目を閉じた。本当は“大丈夫”と彼に直接言葉で伝えたかった。
でも、まだ正体を悟られる訳にはいかない。
「おい……? どこの誰だか知らないが、なぜ何も話さない? ひょっとして、どこか怪我をしているのか?」
こんなにも近くにいるというのに、暗闇は今の朱音の姿を全て覆い隠してくれている。フェルデンはまだ暗闇に目が完全に慣れていないせいもあって、真下にいるのがクロウ王だとは気付いていないようだ。
(お願い……! 気付かないで……!)
朱音はとにかく祈った。彼がクロウに気付きませんように、と。
「……ネか……?」
ギシギシと軋む音の中で、何かをぼそりと呟いた。
「アカネなのか……!?」
朱音は我耳を疑った。まさか、フェルデンが自分の存在に気付くとは思ってもいなかった。
「チチルの香油の香り……、間違いない! あれはおれがエメに特別に作らせた唯一の品だ! そしてそれを身につけているのはアカネ唯一人……」
確信へと変わったフェルデンの声に怯え、朱音は持てる力の全てを使って青年の身体を押し退けた。
こんな姿へと変貌してしまった朱音の存在に気付かれる訳にはいかなかった。これ以上接触すると、いくらこの暗闇でも、朱音の正体を長くは隠し通せない。
「アカネ、なぜ逃げる?」
驚きと戸惑いを含むフェルデンの優しい声に、朱音は胸が熱くなるのを覚えた。
(私の今の姿を知ってしまったら、貴方は朱音を嫌いになってしまうかもしれない……)
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