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クロウは憎しみの対象となってはいても、せめて記憶の中の朱音だけは愛されていたい、それが朱音に残された唯一つの願いだった。
「答えてくれ……、無事だったのか? それとも、今ここにいる君は魂か幻想か何かなのか……?」
朱音はただ沈黙を守り続ける他無かった。
その質問に、朱音自身がまだ答えを見つけ出していなかったからである。
(私は、一体何なんだろう……? フェルデンの言うように、魂だけの存在……? それとも、クロウが創り出したただの幻想……?)
無意識に身体が震えていることに朱音は気付いていなかった。
そしてそれは、浸水してきた海水の冷たさから引き起こされたものではなく、心理的なところからきた震えだった。
「アカネさんっ!」
突如開け放たれた扉から多量の海水と雨が吹き込んできた。
船外もほとんど室内と変わらぬ程の暗闇だったが、扉の前に立つ人物が誰なのか、朱音にはすぐにわかった。
(クリストフさん……!!)
それは、どんなピンチにもいつも駆け付けてくれる、クリストフその人に他ならなかった。
暗闇でもわかるクリストフは、頭の先から靴の先まで、これ以上にない程ぐっしょりと濡れていた。
「今、アカネと言ったか!? 」
フェルデンは壁に手をつくと、よろめきながら扉から現れた新たな人物に問い掛けた。
「やはり、ここに居るのはアカネなんだな!? 」
クリストフは瞬時にこの暗闇の中で何があったのかを読み取ると、部屋の隅で蹲る朱音の影に、船のひどい揺れをまるで感じさせない程素早く 駆け寄った。
「さ、アカネさん、私達の部屋に戻りましょう。ここは危険です……。ほら、私に掴まって……」
朱音の肩に触れた途端、クリストフはぴくりと手を止めた。
「アカネさん、貴女、震えて……?」
力の入らない朱音の腕を抱えると、クリストフはぐっとその腕を自らの肩に回させ、なんとか立ち上がらせる。
「おい! 貴方は一体誰なんだ!? それは俺の知っているアカネなのか!?」
フェルデンは二人の元に歩み寄っていく。
しかし、クリストフはそれを許さなかった。
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