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「止めをさすまでも無さそうだな。じゃ、あばよ」
褐色の肌の少年は再び帽子を被り直すと、深紅の髪を外界から全て覆い隠してしまった。
激しく揺れ続ける船の中で、ファウストは軽い足取りでアザエルに背を向け、船外へと駆け出した。
「あ! 言い忘れてたけど、あんた、面白いもん連れて来てくれたよな。まさか同じ船にあのクロウ王が乗船してるなんてな! それに、いつも近くにいるあの風使い……。しばらくは退屈しなくて済みそうだぜ。礼を言うよ」
アザエルは口から垂れ流した血液を服の袖で拭うと、ゆっくりと立ち上がった。その頃には、既にファウストの姿は無かったが、まるで暇つぶしのおもちゃでも見つけたようなファウストの口振りが、妙にアザエルの胸に引っ掛かった。
魔王ルシファーの命通りに朱音をレイシアへ召還し、クロウを覚醒させ王位を継がせることを全うしたことで、自分の役目は全て完了した筈だった。
そしてそれにより、自分の存在価値は既にもう無いとも。
しかし、アザエルが考える程クロウ王は思うように動いてはくれなかった。
クロウ王は魔力も記憶も失いひどく混乱し、国王としての責務を果たそうとしないどころか魔城からさえも逃げ出してきてしまった。
そして、その今や非力で儚く尊い魂は、多くの危険に晒されている。
(本当に、貴方という人は……)
そうなるとアザエルは、まだここでくたばる訳にはいかなかった。
あの男、“ファウスト”をクロウ王の近くにのさばらせておくにはあまりに危険すぎる。
しかしこの傷だと、そう長くはないことも経験からアザエルは察していた。
長い年月をかけて、アザエルが手に掛けてきた人々の多くの傷を目にしてきたからである。最後までクロウを守りきることはできそうにはないが、せめて命が尽き切る前に、クロウを今ある危機から救い出す必要があった。
痛みを感じない訳では無かったが、アザエルはいつもと変わらぬ冷淡な表情のまま少年王の姿を探し続ける。
アザエルの歩いた場所には点々と赤い血の道筋ができていった。
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