第3章 旅編

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この嵐がこの船にもたらしているダメージは甚大で、あちこちがひどく軋み、不気味な音を船内に響かせていた。 しかし、リーベル号はなんとか転覆することなく持ちこたえている。 それは、この船の船長であるアルノの的確な指示の賜物だとも言えるし、船乗り達の果敢な働きによるものだとも言えた。 「ルイ!」   マストの柱に縄を縛りつけ、その縄を頼りに危険な船外に朱音を捜す為だけに来てくれていたらしい。 朱音はずぶ濡れになった従者の少年を見るなり、こんな危険な目に遭わせてしまったことへの申し訳無さで涙が出そうになった。 「ルイ! 今からアカネさんをそちらに渡します! しっかり腕を掴んでください!」   クリストフが自らの首に回させていた朱音の腕をゆっくりと外すと、その身体を身長にルイの元へと引き渡そうとした。   しかし、常にシーソーのように揺れる床では、滑り台のように傾いた側に二人の身体が流されてしまい、うまくルイの手に引き渡せない。   甲板に流れ込む海水は容赦なくクリストフや朱音にぶつかり、体力を消耗させていく。 「うああああああ!!!」   すぐ傍で、船乗りの一人が水流に飲まれて海へと流されていくのが視界に入った。 「ニックが流されたぞ! ダメだ、もう助けられない!」   他の船乗りの声が聞こえる。   ニックという船乗りは、まだ生きていた。   しかし、あっという間に彼の姿は黒い海の波間に消えてしまった。   朱音は急に恐ろしくなり、クリストフの腕にきつくしがみ付いた。 「大丈夫、アカネさんをあんな目には遭わせませんよ。ですからわたしを信じてください、ね?」   自分さえ今にも海水に飲まれそうになっているというのに、クリストフはそっと朱音の耳元で優しく囁いた。 「いいですか、手を伸ばしてルイの手を取るんです」   船が再び逆の方向へと大きく傾いた。    船が逆方向に傾くその途中、水平になる瞬間が一度だけある。 ルイの手を掴むならばその一瞬を狙うしかない。   クリストフは、船に縛り付けてある荷の縄の端を自らの腕に巻きつけ、かろうじて甲板に留まっていた。 船が傾く度、縄はクリストフの手首に強く喰い込んでいた。 「ごめんね、クリストフさん……! 痛いでしょ?」   クリストフは、いいえと呟くと、小さくウィンクして見せた。
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