第3章 旅編

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「そのロジャーという男は、女性と一緒に乗船していたのか……!?」   なぜこうもフェルデンが見知らぬ男についてあれこれと聞きたがるのか不思議に思いながらも、アルノはサンタシの王子の質問にきちんと答えていく。 「そうです、まだ十代の若い方でした。それと、従者の少年を一人連れていました」   その瞬間、フェルデンの中であるものとあるものの存在がピタリと重なり合うのがわかった。   フェルデンは駆け出した。 船首に一人アルノを残し、それさえも気が付かない程に。 (まさか……、どういうことなんだ……!?)   乱暴に昨日の部屋の扉を開ける。 部屋の中はまだ水浸しであちこちに倒れた積荷や樽が散らばっていた。 夜が明けたとは言え、地下に潜り込むような形で設置された室内は薄暗い。   フェルデンはばしゃばしゃと見つめたい水を蹴飛ばしながら、散らかった荷の中から目当てのものを探し当てた。幸い、木箱は少し湿ってはいたものの、それほど傷んではおらず無事のようである。 荷には先日と変わらずに簡単には解けないように念入りに縄でしばられていた。 (開いた形跡がない……!)   腰の剣を抜くと、フェルデンは無我夢中でその縄を掻き切った。 はらりと切れた縄が落ちると、木箱の蓋を毟り取るようにして取り払い、中にある美しく彫刻された棺を確認した。 棺の蓋はしっかりと塞がれている。 (昨日確かにこの部屋にアカネがいた!)   意を決し、黒い棺の蓋を持ち上げる。   薄暗がりの中でふわりと漂うチチルの甘い香油の香り。 そこにあってはならない筈の少女の姿は変わらぬままそこに存在した。   ごとりと鈍い音を立て棺の蓋が落とされる。 「なぜだっ!」   力の入らなくなったフェルデンの手から棺の蓋が滑り落ちたのだった。   昨日あんなに近くに感じた朱音の気配や心臓の音。 言葉こそ交わしはしなかったが、フェルデンは少女が生き返ったと確信していた。
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