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しかし、その愛しい少女の身体は未だこうして棺の中で横たわっている。
“わたしはアカネさんの友人です。”
そう言った暗闇の中の謎の男の声がふいに脳裏に蘇った。
“貴方は悲しみのあまり、あまりに盲目になりすぎている。もっと心の目で物事を見てみてください。そうすれば……真実が自ずと見えてくる筈です。”
朱音の身体がこうしてここにあることを考えると、あとはもう、一つの可能性しか考えられなかった。
(アカネは別の姿で存在している……?)
金の髪をぐしゃりと掻き乱すと、フェルンデンは近くの積荷の上に座り込んだ。
どういう訳かは分からないが、とにかく失ったと思っていた朱音が、自分のすぐ近くにまで戻ってきていたのだ。
(あの男の言う通りだ。おれは、あまりに盲目すぎた……。アカネの存在に今まで気付かなかったなんて……)
はっとしてフェルデンは勢いよく立ち上がった。そうと分かれば、もうのんびりなどしていられない。
アルノの友人ロジャーが連れていた女というのが、きっと今の朱音の姿に違いなかったからである。
しんと静まり返った船の上を、フェルデンは物音など気にも留めずに一目散にあの部屋へと向かった。この船唯一の客室である。
「アカネ!!!」
ノックもせずに凄まじい勢いで客室の扉を開け放つ。
しかし、中は蛻の殻だった。
真っ白いシーツはまだ起き出した形のままふっくらと膨れている。
シーツを捲り上げると、ここでもふわりと甘いチチルの香りが僅かにした。
ここに、朱音が眠っていたに違いない、そうフェルデンは思った。
「ひょっとして、ロジャーの恋人とお知り合いだったのですか?」
背後から声を掛けられるまで、フェルデンはアルノの存在に気付かなかった。
はっとして振り返ると、物悲しげなアルノの目がそこにあった。
「すみません、フェルデン様が客室の方に行かれるのが見えたもので……」
握り締めていたシーツをもう一度見やり、空になったベッドからフェルデンの頭に良くない考えが過ぎった。
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