第1章 サンタシ編

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  戸惑いつつも床に足を降ろすと、床についた足は途端に鈍い痛みを訴えた。   パニックを起こしそうな思考回路の中で、一種の冷却装置のようなものが働いて、自分が何かの事件に巻き込まれて、眠っている間に外国の地へ拉致されたのだと冷静に自分自身に言い聞かせる。 (そうよ、そうに決まってる)   痛む足を引きずりながら、朱音は絵画の前に足を進めた。 広大な緑の野に囲まれた地のすぐ下は崖になっており、その崖のすぐ上を美しい古城が太陽の光を浴びて輝いている。 城のすぐ手前には透き通る程の美しい湖。 崖下は深い森が広がっていた。   ふと朱音の頭に、空に浮かぶ二つの月の映像が過ぎる。 (あれはきっと何かの間違い、そう、そうに違いないわ……)    狼狽する朱音の背後で、ガチャリと部屋のドアが開いた。 「あら、お目覚めでしたか」   若い娘が姿を現した。 そばかすだらけの娘は見慣れた黒髪の日本女性とは程遠く、茶味がかった髪をひとつに小さく纏めている。 「すぐにフェルデン殿下を呼んでまいりますから、もう少しベッドでお休みになってお待ちくださいね」   侍女のような服に身を包んだ娘はくるりと踵を返すと急ぎ足で部屋を出て行った。   一体ここがどこなのか、どうして自分がこんなところに来てしまったのか、一人で考えてはみるものの、情報の乏しい現状ではどうしようもない。   そのことに気付いた途端、ジクジクと痛みを発し始めた足の裏をおそるおそる覗き見ると、巻かれた包帯からじわじわと血が染み出してきていた。 「……」   観念して、朱音は痛む足を引きずりながら、元いたベッドまで戻ってくると前のめりにダイブした。   ふかふかとしたベッドは朱音の起こした衝撃をものの見事に飲み込んではくれたが、当の朱音はうつ伏せに倒れたまま両の手で頭を抱え込んでいた。
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