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いい金の出所を知ったとばかりに、男がとんでもないことを言い出したので、クリストフはふっと苦笑いを浮かべると、
「いいえ、結構。わたしはこれでも旅慣れてましてね、リストアーニャも例外ではないんですよ」
きょとんとして朱音はクリストフに手を引かれるまま両側を屋台や出店が立ち並ぶ道の真ん中で足を進めていく。
ちょうど昼時ということもあって、道中はかなり混雑していた。
「あーっと、旦那! わかった! 金は要らねえ! それならどうだ!」
クリストフはうんざりしたように足を速める。
「どうしてわたしが、見ず知らずの怪しげな男を連れて歩かなければならないのですか? そんなに暇なら他の旅人につるみなさい」
冷たくあしらわれた男は、とうとうクリストフの腕に縋り付いて頭を下げ始めた。
「旦那ったら、そんなこと言わねえで、頼むよ……! あんた達なら信用できそうだから正直に話す! あっしはガキの頃リストアーニャの人身売買で奴隷として買われた孤児なんだ……。どうしてもこの国から出たい……! けど、国を出るには検問所を突破しなきゃなんねえだろ? あそこを通過するには案内役の振りをするしか方法がねえんだ……、頼む……!」
男の言うことは満更嘘でもなさそうで、男は証拠として、リストアーニャの人身売買で奴隷となった証である手首の刻印をこっそり二人に見せた。
「あなたの境遇には同情します……。しかし、わたし達も訳有りの旅を続けているんです。これ以上の面倒は背負いきれません。申し訳ないが、他をあたってください」
そうはっきりとクリストフに断られても、まだ尚諦めきれない様子で、男は懸命に二人に頭を下げ続けた。
「無理を言ってるのは承知だ! でも、あんた達を逃したらきっとあっしは二度とこの国を出られねぇ……。この国は皆金の亡者ばかりだ。な、哀れな男を助けると思って、頼む!」
この国では逃亡した奴隷を捕まえた者には、奴隷所有者から謝礼金が下りることになっている。男が言いたかったのはずばりそのことだった。
この男は、どうやら逃亡中の奴隷の一人のようだ。
あまりに必死な男の様子に、朱音はだんだん男が可哀相に思えてきた。ここで男を見捨てて去ってしまうにはあまりに薄情な気がした。
「クリストフさん、可哀相だよ、検問所を出るまでならいいんじゃない?」
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