第1章 サンタシ編

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  ロランも渋々エメが促す椅子に腰掛ける。 「護衛を任された僕はまだしも、国王直属の騎士団の指揮を任されるフェルデン殿下がお前のような卑しい者にこれ程お気を掛けてくださるなど、この上なく幸せなことだと思えよ? 今は国も緊迫した状態なんだ。お忙しい身であられることに変わりはない」   カップを手にとると、ロランはふんっと鼻を鳴らして口をつける。 「フェルデンって騎士団の指揮までしてるの!?」   あの青年騎士がヴィクトル王の実の弟であり、王族であるということは知っていたが、この事実は朱音にとって驚くべき、そして実に納得のいく事実であった。 (そっか……、だからいつもあんな軍人さんの服を着てるのか)   朱音も遅れて席に着くと、エメの入れたハーブティーの入ったカップを手にとった。 「お前、そんなことも知らなかったのか? ほんと頭悪いよな」 呆れ顔で毒を吐き続けるロランに、朱音は不機嫌そうに視線を送る。 「煩いなあ。だって誰にも教えて貰ってないんだし、知らなくたって仕方ないじゃん」 「知らなくたって予想位できるだろうが。聞けばエメだって喜んで教えてくれただろうさ」   毎度こんな調子でロランと口喧嘩をするのが日々の日課になりつつある。 エメは気にもしない様子でハイペースでなくなってゆく二人のティーカップに小まめにティーを注ぎ足していた。 いつもの如く、これが収まるのは、一刻程口喧嘩し続けてすっかり二人が疲れてしまった後である。   しかし、退屈で仕方のない今の暮らしの中、こうしてロランと思う存分口喧嘩をすることのできる時間は、朱音にとって幸せな一時と言えないこともない。 もっとも、ロラン自身はいい迷惑と思っているかもしれないが。 「まあ、お前は心配するな。いずれ掛けられた魔術が解けたら、才ある僕がお前をアースへと無事に送り返してやる」   素っ気無くそう言い残すと、ロランはぷいと振り向きもせず朱音の部屋を退出して行った。 「ロラン……」 口を開いたまま、朱音はロランの出て行った扉をじっと見つめる。
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