第1章 サンタシ編

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  時空の扉を作り出すことのできる唯一の場所、セレネの森の鏡の洞窟は百年に一度地殻変動によって出現する未知なる力を持つ聖域で、その力を発揮することができるのは日数にして六十日の間のみ。 そしてこの洞窟が出現してから、もう既に五十日が経過していた。 「この際言葉などどうでもいい。この機会を逃せば、アカネはアースに戻る術を失う」   そう言ったフェルデンは、どんなことをしても朱音を元の世界に返してやりたい気持ちでいっぱいだった。   出会った当初は、純真で飾らないこの少女に興味を抱き、幼くして亡くした妹の面影を抱いてはこのままここにいればいいのに、などと不謹慎なことを考えることも度々あったフェルデンだった。   しかし、毎晩家族や元の世界を懐かしんでは帰りたいと泣く朱音の姿を見ているうちに、自分がどれだけ身勝手な願いを抱いていたのかを思い知り、そして深く後悔したのだった。 純真で可憐なこの少女の本当の幸せとは、元いた世界で家族と共に暮らすことなのだから、自分はどんなことをしてもその幸せを守りたいと強く心に決めたのである。 「言葉の弊害は厄介ですが、この際送り届けてしまえば何の問題もありません。 術の切れた今のアカネならば、敵に気配を察知される心配もないでしょう」   ロランはいつか自分が約束した、無事アースに送り届けるという言葉を思い出していた。 「鏡の洞窟が力を失うまで既に十日を切りました。あまり早く送り返してしまうと、再び敵がアカネを攫ってきてしまうことも考えられます」   フェルデンはこくりと頷くと、意を決して言った。 「よし、ぎりぎりまで粘るぞ。そして期限ぎりぎりにアカネをアースへと送り返す!」   突然大きな声を出したフェルデンに驚いて、朱音がビクリと身体を震わせて、椅子からずるりと滑り落ちた。 「アカネ!」   慌ててフェルデンが床にペタリと尻餅をついたアカネに駆け寄ると、起き上がるのに手を貸す。 「フェルデン殿下、しかしながら、時空の扉を開くには僕の力をもってしても丸一日はかかってしまいます。それに、先日穢された聖域を浄化する作業もしなくてはなりません」   ロランはちらりと涙目の少女を見ると、すぐさまフェルデンへと視線を戻した。 「どのくらいかかる?」
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