第1章 サンタシ編

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【6話 鏡の洞窟】 一ヶ月以上もの間、城の部屋の一室に閉じ込められるような形で過ごした朱音だったが、この日は朝から様子がおかしかった。   いつもなら煌びやかなドレスをエメに半ば強制的に着せられるのだが、今朝は動きやすいスリットの入った上着にぴたりとしたズボンを着せられ、何度もエメは目を潤ませながらしきりに何かを訴えかけてきていた。   そうするうちに、フェルデンの手により慣れない馬に乗せられてやって来た先は、あの見覚えのある山。 いや、森である。 確か、以前ヴィクトル王がセレネの森と話していた。  それに今日初めて城の外に出たことで驚くべきことがわかった。   部屋にあったあの絵画の中の城は、朱音自身がいた城だったのだ。   言葉が解らない為、フェルデンに城の名前を訊くことは適わなかったが、城の周囲に広がる広大な野や美しい湖、そして崖下に広がる森は絵のものとそっくりであった。 (わたし、あんなに綺麗なお城で暮らしてたんだ……)  崖下に広がる森が今朱音達のいるセレネの森であった。 すぐ裏手にあるものだとばかり思っていた森だったが、切り立った崖を降りることはさすがに難しく、ぐるりと馬で回って森へ降りた頃には、すっかり日が落ちていた。 「******」  フェルデンが朱音に何やら囁くと、懐かしいいつしかの洞窟が目に入ってきた。 「あっ……」   驚いてフェルデンを振り返ると、ブラウンの瞳がふわりと優しく綻んだ。   フェルデンは、朱音を元の世界に返してくれようとしている。 今思えば今朝のエメの必死な訴えは、別れの言葉を朱音に伝えていたのかもしれなかった。
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