第2章 ゴーディア編

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【7話 さよなら】 すっかり日が暮れてしまっていることだけはわかるが、何せ朱音は何も持っていない。 時間を確認することなどできる筈もなかった。   まだ頬に残る雫を服の裾で拭き取ると、朱音はしっかりとした足取りで歩き始めた。 暗い山の中。 あの夜と同じ虫の鳴き声や梟の声が聞こえる。   確かにここは朱音の元いた世界だった。 いつまでもこんな山の中に座り込んでいる訳にもいかないし、朱音は月明かりのを頼りに足を進めた。   少し開けたところから下を見下ろすと、小さく町のネオンが見えた。あれは朱音の住む町に違いなかった。 (よし、ここは町の裏手にある望月山(もちづきやま)だ。この山ならそんなに高くはないし、町にも十分歩いて帰れる)   そう確信して、朱音は足を速めた。 山の麓には確か交番があって、駐在さんが日替わりで寝泊りしている筈だ。 そこで助けを求めよう、と心に決め朱音は足元に気を配りながらこんなことを思い出していた。 (望月山って名前の由来は、どんなに天気の悪い日でも不思議と雲がかからないから、いつだって月がよく見えるってところからきてるんだっけ。確か、社会の先生がそんなこと言ってたよな・・・)   元の世界に戻って来れたことは本当に嬉しい。 でも、もう一つの世界、レイシアに何か大切な物を置いてきてしまったような空虚感は消し去ることができなかった。   ぐっと拳を握り締めると、朱音は突然行方を眩ませた自分を余程心配しているだろう家族に、どんな言い訳をして説明しようかと思考をそちらに逸らす。 (きっとすごい心配してるよな……。突然知らない男に拉致された、なんて言ったら信じてくれるかな?)   戻ってきた今も色々と問題は山積みだ。  
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