第2章 ゴーディア編

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「アカネ、馬鹿なことをするな……! おれのことはいいから、離れろ……!」   朱音はかぶりを振ってしてフェルデンから離れようとしない。 「では、わたしの条件を呑んで下さるのならば、その男の命は助けましょう」   アザエルは呆れ返った様子で朱音に言った。 「アカネ、耳を貸すな……!」   しかし、深い傷を負ったフェルデンがこの危機を逃れる為には、もうアザエルの出す条件を飲むこと位しか選択の余地は残っていない。   朱音は泣き腫らした目でぎっとアザエルを睨みつけると、こくりと頷いた。 「懸命なご判断。わたしの条件は実に簡単なことです。あなたがわたしに大人しくついてくる、たったそれだけのこと」   そのことが意味するのは、即ち、朱音がサンタシの敵国である魔族の住まう地、ゴーディアに行くということ。   “贄”という言葉が頭を過ぎる。   しかし、目の前の大切な青年の命を思うともう覚悟を決めるしか無かった。   すっくと立ち上がった朱音は、重い足取りでアザエルの元へと近付いていく。 「アカネ! やめろ! 行くな!」   痛みをこらえてフェルデンが朱音に訴えかける。   しかし、朱音は目をぎゅっと閉じてアザエルの言葉に素直に従った。 「では、参りましょうか。それまで少しお眠りください」   アザエルがとんと朱音の額に手をやると、がくんと朱音の身体が急に力を失った。 眠りに落ちた朱音の身体を再び肩に担ぐと、アザエルは何事も無かったかのように洞窟の外へと歩き始めた。 「くそっ、待て! アカネをどうする気だ!」   掠れた声でフェルデンが叫ぶ。 しかし、出血の量が多く、体が思う様に動かず、足に力が入らない。   フェルデンは氷のように冷たい碧眼と碧髪の男を心底殺してやりたいと思った。 そして、こんなにも無力で、大切な人さえ碌に守りきることさえできない自分を呪った。   洞窟を出た途端、アザエルは掻き消えるようにして姿を消した。   その後の静寂の中で、フェルデンは悔しさで唇を噛み締めた。 「アザエル……、貴様は絶対に許さない……!」   そして、愛らしい黒髪の純真な少女を思い、何度も洞窟の壁に自らの拳を血が出るまで打ち付け続けたのだった。
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