第2章 ゴーディア編

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【8話 魔王ルシファー】 目が覚めても、朱音は起き上がる気にはなれなかった。   洞窟で肩に大怪我を負ったフェルデンのことが未だ頭から離れなかったのだ。 それに、夥しい血を流して倒れていたロランの安否が気になって仕方がない。     鏡の洞窟からこのゴーディアの魔城までの道のりは、長いものだった。   まず、セレネの森を抜け、サンタシの国土を休み無く早馬で走り抜け、常人なら一週間はかかる距離をアザエルは三日という驚異的な記録で到達した。   それから、中立国の隣国ナジムに入り、商業船の行き交う港へと直行し、自国へと帰る船の船長に話をつけて乗船。 その後は術を解かれた朱音は退屈な商船の中で約十日間過ごした。 そうしてやっとゴーディアの地へと辿り着いたのだ。   その後も長い魔城からの迎えである馬車に詰め込まれ、朱音はひどく疲労しきっていた。   ここ、ゴーディアの魔城と呼ばれるこの城は、黒の大理石調の石を存分に使用した魔王の城に相応しい城で、ヴィクトル王の白を基調とした白亜城とは対照的な印象を与えた。 魔城はどこか妖しげな空気を漂わせていたが、美しい城であることに変わりはなく、ゴーディアの民の誇りであることは疑う余地もない。   そしてこの部屋も例外ではない。   コンコンというノックの後に、見たくもない男が姿を現す。   吸い込まれそうな碧い瞳と長く碧い髪の美しいこの男は、魔王ルシファーの側近であり片腕であるアザエルだった。   朱音はもぞもぞと毛布を頭まで被り、ぷいとアザエルに背を向けた。 「まだお加減が優れませんか」   応えが返ってこないのに、アザエルは気にもしない様子で、朱音の眠るベッドの傍に寄ると、無言でその淵に腰掛けた。 「今日はあなたに会わせたい方がいます。このところのように、ほとんど食べ物を口になさらないのでは、本当に身体を壊してしまいます。昼食を用意させますので、召し上がってください」   アザエルが相変わらず感情の篭らないトーンで朱音に言葉を連ねる。  
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