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この男は魔王ルシファーの命で動いているだけであって、本当に朱音のことを心配している筈がなかった。
この男にはもともと人の心というものが備わっていないのかもしれない。
「……あんたなんか大嫌い……。顔も見たくない……。出てってよ」
しばらくの沈黙の後、アザエルが諦めたのか、静かにベッドから立ち上がった。
「わかりました。また後程お迎えにあがります。ですが、必ず食事は摂ってください」
アザエルがそう言い残して部屋を出て行ったのを確認すると、朱音は毛布からもぞもぞと這い出した。
(どうせわたしが食べないと自分がルシファーに叱られるから義務的に言ってるだけなんでしょうよ)
ふんっと鼻を鳴らしながら、朱音はぎゅっと目を閉じた。
どうせ、贄にされる身なんだから、今更食事したところで何の意味も無いように感じた。
しばらくして給仕がスープやサラダなどを載せたワゴンを押して入ってきたが、朱音は気付かない振りをして不貞寝し続けていた。
一刻程粘っていた給仕だったが、全く起きてくる気配のない朱音に諦めて、せめてというようにテーブルに冷めても口にできるパンをバケットごと置いて部屋を出て行ってしまった。
(魔王ルシファー……、もし会うことがあったら、死ぬ前に思いっきり文句言ってやる! きっとこれだけ傲慢な人なんだから、誰にも文句言われたことなんてないだよ!)
怒りで思わずベッドのシーツをぐしゃりと握り締めてしまっていた程だ。
「どうやら昼食も口になさらなかったようですね」
おそらくノックをしてはいたのだろうが、怒りのあまり朱音が気付かなかったのだ。
ふいにベッドのすぐ後ろで声がして、朱音はビクリと身体を強張らせる。
「さて、今からあなたに会わせたい方がいます。ついて来ていただけますか?」
アザエルの言葉には有無を言わせない強さがあった。
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