第2章 ゴーディア編

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  長い髪は漆黒で、肌はそれとは対照的な白。眠っているようにも見えたが、生気はまるで感じられない。 「ゴーディアの国王、ルシファー陛下です。そして、あなたのお父上です。」 「う、嘘……!」   首を振りながら、朱音はずりずりと壁際へとにじり寄る。 「ルシファー陛下は、一千年の長きに渡って、その強大な魔力をもってして、このゴーディアを治めてこられました。しかし、四百年前に始まったサンタシとの長き戦いで、莫大な量の魔力を断続的に使用し続ける羽目になったのです。そしてそれは陛下の身体に大きな負担を強いていました。」 朱音はアザエルの言葉を信じられない思いで聞いていた。 「二百年前のことです。味方の裏切りによって城内へ敵兵の侵入を許してしまったことが唯の一度だけありました。その頃はサンタシの王、セドリック・フォン・ヴォルティーユの時代のことです。陛下とベリアル王妃には陛下の血を色濃く受け継ぐお子のクロウ王子がおられましたが、まだ幼かった王子をサンタシの手から守る為、お二人はある儀式によって王子の魂のみを異世界に送り出されたのです。」   朱音は両手で耳を塞ぎ、小さく蹲った。   自分が魔王ルシファーの息子の筈などない、そう心に言い聞かせて。 「本来なら、陛下がお亡くなりになる以前にあなたをお迎えに挙がる筈でした。しかし、鏡の洞窟が出現するのは百年に一度のみ。残念なことに出現するのを待たずして、陛下は亡くなってしまわれた。ですから、私は陛下のあなたの魂を呼び戻せという最期の命に従い、こうしてあなたをここへお連れしたのです」   小さく蹲った朱音のすぐ目の前で、アザエルは膝を折って頭を深く下げ礼の形をとった。 「なんでわたしなの? わたしがそのクロウ王子の魂だというその根拠は?」   朱音はアザエルの碧い目を強く睨みつけた。 「それはあなた自身がよくわかっている筈です。突然懐かしい思いを感じたり、奇妙な感覚に囚われることはありませんか? それはあなたの魂の記憶です」 「…………」   確かにアザエルの言うように、そのような不思議な感覚に見舞われることは何度かあった。 信じたくないのに、魔王ルシファーの亡骸を目にしたときの衝撃。 あれは“悲しみ”という感情に他ならないのではないだろうか。  
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