第2章 ゴーディア編

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アザエルはやれやれというように、強く掴まれた服の袖から、ゆっくりと朱音の手を解く。 「ハデスという短剣を胸に尽き立て、人間の肉体を仮死状態にすることで魂を取り出すのです。恐れることはありません。苦痛は一瞬です。蛇に噛まれるよりも短い」   朱音は聞きたくもなかった恐ろしい事実に、真っ青になってアザエルから一歩、また一歩と後退る。 「儀式は日が最も高く昇る頃に行なわれます。あなたもそろそろ準備をしていただかなければ。直に侍女を遣します」   礼の形をとると、アザエルは恐怖に慄く朱音に背を向けさっさと立ち去ろうとする。 「わたし、儀式になんか絶対出ないから……!」   アザエルはほんの少しだけ振り向くと、残酷な言葉を朱音にぶつけた。 「では、あなたはこの国とその民がどうなってもよろしいと……?」  アザエルが部屋の扉に手を掛ける。 一人ぼっちの今の朱音には、信じたくはないが、この冷酷な男だけが、唯一の頼みだった。 「死にたくない……!」   朱音の悲鳴のような声だった。 「……死ぬ? 寧ろその逆ですよ」   アザエルは、涼しい顔をして部屋を出て行った。   後に一人残された朱音は、声もなく絶望の涙を流した。  魂をこの身体から抜かれるということは、朱音という存在が消えてしまうことを意味している。   懐かしい元の世界の思い出が心の中を駆け巡った。   あともう少しで手にすることのできた帰還の切符。 望月山麓の交番にほんのちょっと手を伸ばせば届いたのに、それさえも邪魔したアザエル。 愛する家族や友人にまた会える、という希望は目の前で儚くも散ってしまった。 それだけでなく、せっかく再会を果したフェルデンとも引き離したアザエルは、またしても朱音の大切な物を奪い去ろうとしていた。 あの世界にいた証であるこの”朱音”という存在。大切な両親から譲り受けた、決して自慢できないが愛着のある身体。 そして、フェルデンとの唯一の繋が り……。  
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