第2章 ゴーディア編

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何が彼をそこまで駆り立てるのか、フィルマンは不思議で仕方がなかった。   アカネはセレネの森でフェルデンが保護してきた人間の少女であったが、その存在は城の内部でもごく少数の者にしか知らされていなかったし、ヴィクトル王の口から詳しい説明は何も語られることはなかった。 しかし、フィルマンはそんなアカネに何度か面会する機会があった。   森から保護された少女は、足の裏に傷を負っていて、その治療に自分が抜擢されたのだ。      珍しい肌の色や黒髪と少々風変わりではあったが、平凡な人間の少女であった。   傷の手当を終えた後に、 「ありがとう」 と、感謝の言葉を述べられたとき、実はフェルマンは少々驚いていた。 城で働き始めてからというもの、そんな言葉を言われることがなかったからである。  しかも、それは治療の度に繰り返されたのだった。   騎士団を率いる忙しい身のフェルデンであったが、日々の公務の後、必ずと言っていい程、アカネを気に掛け部屋を訪ねていく姿をよく見かけたものだ。   ふと、幼い姫君と一緒に戯れる、少年時代のフェルデンの姿が思い出され、もしかすると、フェルデン閣下は亡くなられた姫君に面影を重ね合わせているのかもしれないな、とフィルマンは勝手な解釈をした。 「殿下、どうかベッドに……」   フィルマンがはてさてどうしようかと焦り始めたその時、 「入るぞ」 という声と同時にヴィクトル王が姿を現した。フィルマンは咄嗟に礼をとった。 「兄上……」   驚いた表情でフェルデンは兄であるヴィクトル王の顔をしばし見つめた。 「部屋の前を通った際に、お前とフィルマンのやり取りが耳に入ったのでな。 どうやらまたフィルマンの手を煩わせているようだが?」  
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