第2章 ゴーディア編

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  目の前に見えてきた顔は、あの碧髪、碧眼の男、美しくも冷たい男のそれだった。 しかし、その目はいつも朱音が目にしていたものとは違い、俄かに優しい光を放っているようにも見えた。 この男が、渇きに苦しむ朱音を一番に察し、水を口に運んでくれたのは明らかだった。   でも、朱音はこの男が嫌いで仕方が無い。 本当なら、こうして触れられるのさえも許せないというのに、今は何しろ身体が自由に動かせない。 (儀式はどうなったの? もしかして失敗した……?) 自由の利かない身体をふわと抱き上げられて、朱音はあの晩の記憶をふと 思い出した。 月夜の晩、アザエルに同じ格好で抱き抱えられたまま、ここレイシアに連れ去られた日のことを。 そして、今も同じ男にこうして抱き抱えられている。 本当に皮肉なものだ。   美麗な碧い眼の男は、そっと巨大な天蓋つきのベッドに黒髪の主(あるじ)を横たえると、乱れた髪を、手櫛で整えてやった。   長い髪は黒く艶やかで、ベッドの上に扇のように見事に広がっている。 少年の額には玉のような汗がいくつも浮かび上がっていた。 長き眠りからの覚醒と、魂を入れ替えるという異例な儀式は、相当主の身体に負担を強いたようだ。  苦しそうに肩で荒く呼吸を繰り返す少年のその頬は、棺に納まっていた頃に比べるとほんのりと赤みが差し、待ち望んだ主が今まさに自分の手元に戻ってきたと、アザエルに強く実感させた。   儀式用に一枚布で誂(あつら)えられた黒く軽い被服は、ひどく安っぽい物のように思え、アザエルは少しばかり嫌悪感を抱いた。   ノックの音で、数人の医師が入室してくる。   彼らは、ベッドに横たわる黒髪の主を目にすると、震える手で少年の身体の各部位を翳し始めた。 医師陣の手からは紫色の淡い光がゆっくりと放たれる。
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