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朱音はくるりとアザエルに向き直ると、たたと走り、その胸を拳で何度も強く殴った。
まだ完全に体力を取り戻していないことと、怒りと悲しみで実際はほとんど力は入っていなかったのだが、朱音は泣きじゃくりながら繰り返し繰り返し殴りつけた。
「あんたさえ、あんたさえ来なかったら、わたしはこんなことにならなかったのに……! あんたなんかいなければよかったのに! あんたなんか大嫌い……!」
何度も殴りつけられている筈のアザエルだが、表情一つ変えずにじっとその場に立って、朱音のしたいようにただ殴られてやっていた。
泣き疲れた美しい少年は、癇癪を起こして部屋を荒らすだけ荒らした後、今はアザエルが水に混ぜた睡眠剤の効果でベッドで静かに横たわっている。
その頬はまだ微かに濡れている。
儀式による疲労は少しばかりの睡眠ではとても回復できるようなものではなく、相当身体の方は辛い筈だった。
そんな中、この身体の主を突き動かしているのが自分に対する憎しみだと思うと、アザエルは情けなさになぜか笑えてしまった。先程自分に向けられていた黒曜石のような真っ黒な瞳は、アザエルに対する嫌悪感に染まっていた。
「ふ……無様だな。あなたと同じ顔にこうも嫌われると、いくら私でもこたえる。これをわかっていてあなたは私にこの役目を命じたのか……。惨い方だ」
アザエルはいつの間にか解けてしまった長く美しい碧髪を掻き揚げると、ベッドに眠る少年を見つめながら言った。
しかし、その声は少年には届いておらず、向けられた言葉はその少年に向けて発せられたものではなかった。
「お呼びでしょうか」
ノックの音とともに入ってきた少年に冷たい目を向けると、アザエルは静かに口を開いた。
「来たか、ルイ。ここでお眠りになっておられる方は、ルシファー陛下のお子、クロウ殿下だ。殿下は長き眠りから覚醒されたばかりでしばらくは自由に動けまい。お前を世話役に命じる」
ルイは驚いた顔でベッドに駆け寄った。
「まさか、僕が・・・?」
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