第2章 ゴーディア編

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【12話 始動】  朱音は目が覚めてもこの暖かい温もりの残る毛布から出られないでいた。 夢の中で、フェルデンのあの大きな腕に優しく抱かれていた。 その暖かさが幻だとしても、今はそれさえも名残惜しく、離しがたい。 ぎゅっと毛布を抱き締めると、朱音はあのブラウンの瞳を思い、もう一度目を瞑った。 「クロウ殿下……?」   突然テーブルの辺りから懐かしい声が飛び込んできて朱音は驚いて飛び起きる。   テーブルの脇に立っていた少年は、サンタシで保護されていた朱音と友達だった、いや朱音が勝手に友だと思っていたあの毒舌な少年そのものだった。 しかし、霞みがかった灰の髪と瞳の色だけは違っていた。 「ロ……」   まだ身体がだるいことを忘れて、朱音は嘗ての知り合いの名を呼ぼうとした。 「クロウ殿下。僕はアザエル閣下の命(めい)により、今日よりあなたにお仕えすることになりました、ルイと申します。何なりとお申し付け下さい」   にっこりと可愛らしく微笑んで、朱音のベッド前で優雅に礼をとる少年は、姿形はよく似てはいるものの、持っている雰囲気はあのロランとは似ても似つかない。 あの毒舌少年は、こんなに可愛く微笑んだりは決してしなかった。 いつだって最初に口から飛び出すのは憎まれ口で、朱音は少年の皮肉っぽい笑みしか目にしたことは無かった。 「ルイ……?」   ここにいる少年は、ロランではない。 そう思った途端急にがっかりして、朱音は黒曜石の瞳を毛布へと戻した。 「クロウ殿下、どうかなさいましたか?」   声さえもこんなに似ているのに、ルイとロランは明らかに別の人物であった。 これを知っていて傍に置いたアザエルはどこまでも朱音を苦しめるつもりらしい。 目を細め、ここにはないあの美しい碧い男を憎らしげに思う。
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