第2章 ゴーディア編

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  まだ悪い知らせと決まった訳ではない、と言おうとしたのも暫時、フェルデンは硬い表情をしたまま全速力で馬を駆け出した。 (まさか……! アカネ……!)   肩の痛みも忘れ、フェルデンは無我夢中で馬を疾走させていた。 「殿下! お待ちください! フェルデン殿下……!」   懸命に背後から叫ぶユリウスの声も耳に入らない程、フェルデンの嫌な予感が心の中で膨らみ続けていく。   ユリウスは、我を忘れる程フェルデンの心を掻き乱すアカネという少女に深く興味を抱いた。 「さあて、クロウ殿下、仕上がりましたよ。鏡をご覧下さい」   差し出された手鏡をのぞくと、美しく整えられた真っ黒な黒髪の少年がじっと鏡の中から朱音を全てを見透かしそうな目で見つめていた。 その麗しい少年はまるで、 『お前は誰だ。それはお前じゃない。クロウだ』 と、言っているかのように。   朱音は鏡から苦い顔で目を逸らすと、鏡を裏返しにしてごとりとテーブルの上に置いた。 「クロウ殿下、お気に召しませんでしたか?」   美容師の男は細身の身体に身に着けている赤色に染めた皮のチョッキの内側にハサミを丁寧にしまった。 ちらと見えた服の内側は、たくさん道具がしまえるポケットや穴がいっぱいあって、ハサミや櫛も六、七本は収まっていそうだ。 「いえ、クリストフさんの仕事は最高です」   朱音は首から垂れ下がるポンチョを外そうと手を伸ばすと、骨ばって細いクリストフの手がそれを手助けして、慣れた手つきでしゅるりとそれを解いていく。 「クロウ殿下にお褒めいただくとは、光栄でございます」   クリストフはグレーがかったシャツを腕のあたりまでたくし上げていて、そこからのぞく手は長くてふわふわした体毛が覆っていた。揉み上げも長くて濃く、朱音にかの有名なアニメのルパン三世を思い起こさせた。
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