第2章 ゴーディア編

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「ただ、鏡を見ると辛いんです」   クリストフは、取り外したポンチョを手際よく丁寧に折り畳んでいくと、 「どうしてです?」 と質問した。 「これは、わたしじゃないから」   クリストフはふっと微笑むと、畳んだポンチョを持ってきた道具箱の中にぎゅっと押し込んだ。 「それ、よくわかりますよ。わたしも、殿下と同じように思うことがときどきあります」   道具箱の蓋を閉め、クリストフはゆっくりと朱音に向き直った。 「自分がわからなくなったときは、広い世界を見るのが一番です」   彫りの深い目の奥には、クリストフという男の優しさが滲み出ていた。   朱音はなぜかこの細い男の雰囲気が好きだな、と感じ、信じられる人のように思えた。 「おや、クロウ殿下、こんなところに髪が……。失礼」   そう言いながらクリストフは服のゴミを取る素振りでさっと朱音の手に小さな紙切れを握らせた。 そのことに気付いた朱音はじっとクリストフの顔を見た。   クリストフ自身は何もしていないような常の表情で、目も合わせないでクロウの服の髪をパタパタと白いハンカチで払い落としている。 部屋の隅でじっと見張りをしているルイの目を誤魔化す為だと分かり、朱音も握った紙切れをそっと服の袖口に押し込んだ。 「辛くなったときはいつでもそれで手紙を寄越して下さい。宛名と差出人は書かずに合言葉を忘れずにね。そうすれば、わたしが殿下をここから連れ出して差し上げますよ」 と、クリストフは囁くようにそう言ってウインクをした。   そして、最後の一払いを終えて、男はルイに目配せしてゴホンと一つわざとらしい咳払いをしてみせた。 「ああ、クリストフ、終わったんですね」   霞がかった灰の髪をふわりと揺らしながら、クリストフに歩み寄ると、懐から取り出した金貨を数枚美容師に手渡した。 「どうも」  
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