第2章 ゴーディア編

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【13話 サンタシの遣い】 儀式の後、癇癪を起こして眠ったあの日から、冷たい氷のような男、アザエルとは一度も顔を合わせていなかった。   魔王ルシファーの死去は城内でも一部の者にしか知らされていない事実であり、国王が不在であるゴーディアを代わりに取り仕切っているのは実質上あのアザエルだというのだから、相当忙しい身に違いない。 でも、そんな状況に朱音は喜び、隠れて何度も舌を出した。 どうせなら、忙しすぎて過労死でもしてしまえばいいのに、なんてこともよく願ってしまう。 「ほんとにこの鳩、一体どこからやって来たのでしょうね。ゴーディアには珍しい品種ですよ。こっちの鳩は灰色が普通なんです。突然変異でしょうか?」   朱音はぎくりとしながらも、平静を装って、鳩に朝食時にとっておいたパンを千切って与えていた。 「さあ? でもすごく可愛いよ? クイックルって名前をつけたんだ」   真っ白の鳩を愛しげに見つめる黒髪の主は、ルイが知っている厳然とした重々しく怪しいオーラを身にまとった魔王ルシファーとはひどく懸け離れた可憐さを放ち、何度もその差異に戸惑うことが多かった。長き眠りから覚めた主は、確かにルシファー王の血を色濃く受け継いだ容貌をしてはいたが、その心は清く穢れを知らないままだったのだ。 「クイックルですか? 可愛らしい名前ですね」   ふふっとルイは笑みを零すと、そんな心美しき主に心から仕えたい、この主の役に立ちたい、と思えた。   儀式から三日経ち、クロウの身体は着実に回復へ向かっていた。 まだときどき立ち上がった際にふらついたり、手足を扱いにくそうにしていることはあるが、心理的には随分安定しているようにも思える。 きっかけは、美容師のクリストフの来訪だった。 あれからというもの、クロウの表情が少し明るくなり、ルイともよく言葉を交わすようにもなった。 話し上手なクリストフが閉ざされかけたクロウの心を溶かしてくれたようだ。   でも、二百年前のアースへの転生の儀式で眠らされたクロウの記憶は未だ戻らないようで、クロウはときどき妙なことを口走ることがあった。
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